初めてJOを切らせた時の事を投稿したら続きを投稿したくなってしまいました(笑)。
長くならないように気を付けたいと思いますが長くなったらゴメンなさい(爆)。

一年以内にJOを切らせると宣言したものの、私は高校のOBコーチの経験しかなく
当然JOにも出した事がある筈ありませんでした。
当時、「押しても駄目なら引いてみな。」を座右の銘(?)にしていた私は
今まで泳がしていない400m以上の種目にチャレンジさせる事を決めました。
当時の担当した選手はBrの選手以外は全員400m以上に強制的に挑戦です。
その中でFr以外が泳げないS塚君は消去法で1500mでJOを狙う事になったのです。
(私がジュニア時代に4種目を万遍なく且つ徹底的にテクニックを磨くのは
 この時の苦労した経験があるからです。)

私が担当した時のS塚君のFrのベストは
 50m   28”
100m 1’04”
200m 2’19”
400m 泳いだ事が無い
という状態です。

当時の13-14才の1500mFrの標準タイムは確か
17’35”だったと記憶しています。

角「1500mでJOを切るには、どうすれば良いか解るか?」
S「計算したら1’10”平均で5”余る。」
角「そうだよな!お前の100mのベストよりも6秒も落として
  15本泳げばいいんだよ!!出来そうじゃない?」
S「(自信無さげに)出来そうな気がする・・・。」
角「100mで1’10”って事は50mを35”だぜ!それに
  25mを17.5”で60本泳ぐのなんて楽だろ!?」
S「25mで17.5”は楽そうだなあ。コーチ!俺、それなら出来るよ!!」

そして、S塚君はめでたくJO選手となりました。
JOを突破した時のS塚君のベストは(記憶が曖昧ですが・・・。)
1500m 17’23”
 400m  4’21”
 200m  2’08”
 100m  1’02”
  50m    28”
結局、私が担当している間、50mのベストは一度も出ませんでした。
因みに、200mのベストを出した時の前半のラップは1’03”
400mのベストを出した時の前半のラップは2’09”でした(笑)。

最後に、この時に感じた最大の失敗はJOを切った後の目標設定を全く
していなかった事です。よって、S塚君はJOに出ただけで決勝は残る事が
出来ませんでした。
その失敗が、後にJO出場者への対応を考える切欠となるのでした。
私が指導したJO等で決勝に進出した選手はS塚君への失敗が
礎となっています。