第42景「玉川堤の花」。

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この絵は、内藤新宿の南側を流れる玉川上水の土堤には植えられた桜を見物して楽しんでいる人たちを描いたもの、らしいです。
らしいと書いたのは、この絵は実際にはない風景を描いたものだという説もあるからなのですが、今回の江戸百では通説通りに内藤新宿の南側にあたる新宿御苑の北側へ向かいました。


新宿御苑では菊祭が行われていましたが、寄り道せずそのまま四谷4丁目交差点方向へ。
御苑の北側は新宿御苑散歩路となっています。(開放時間AM9:30~PM4:30)

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ここには玉川上水を偲ぶ水路が作られていました。

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正式には「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」という呼称のようです。まだ全区間の整備は終わっていませんが平成23年度には終わる予定のようです。


ということで「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」の御苑監理門の東側あたりで、広重 名所江戸百景 第42景「玉川堤の花」。
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江戸百を撮り終わったので、そのままJR信濃町駅まで歩くことに。
実は柵の外の道路の方がカーブがわかりやすそうなのでそちらでも撮るつもりだったのですが、新宿御苑前広場の花市場でクロッカスの球根などを買っているうちにすっかり忘れてしまいました^^;;


新宿御苑の大木戸門を出た右手にあった内藤新宿開設三百年記念碑。
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「内藤新宿開設三百年記念碑
 元禄11年(1698)6月、浅草阿部川町の名主・高松喜兵衛(後の喜六)らの願いにより、ここから新宿3丁目交差点付近までの約1kmに、新たな宿場として「内藤新宿」が開設された。この宿場は。享保3年(1718)に一旦廃止されたが、54年後に再興されて以降、甲州・青梅両街道が交差する交通の要衝として、また文化と娯楽の町として繁栄をつづけ、平成10年(1998)、開設300年を迎えることとなった。
 新都心・新宿の出発点となった内藤新宿の歴史と先人の歩みを記念し、ここに記念碑を建立する。
平成10年11月 東京都新宿区」


四谷4丁目交差点近くにある水道碑記

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「玉川上水水番所跡 
  所在地 新宿区内藤町87番地
 玉川上水は、多摩川の羽村堰で取水し、四谷大木戸までは開渠で、四谷大木戸から江戸市中へは石樋・木樋といった水道管を地下に埋設して通水した。  
 水番所には水番人1名が置かれ、水門を調節して水量を管理したほか、ごみの除去を行い水質を保持した。当時、水番所構内には次のような高札が立っていた。
 定
一、此上水道において魚を取水をあび
  ちり芥捨べからず 何にても物あらひ申間敷
  竝両側三間通に在来候並木下草
  其外草刈取申間敷候事
 右之通相背輩あらば可為曲事者也
  元文四巳未年十二月 奉行


東京都指定有形文化財(古文書)
水道碑記(すいどうのいしぶみのき)
 指定年月日昭和5年12月
 玉川上水開削の由来を記した記念碑で、高さ460センチ、幅260センチ。上部の篆(てん)字は徳川家達、撰文は胆付兼武、書は金井之恭、刻字は井亀泉によるもので、表面に780字、裏面に130字が陰刻されている。
 碑の表面には明治18年の年記が刻まれているが、建立計画中に発起人西座真治が死亡したため、一時中断し、真治の妻の努力により、明治28年(1895)に完成したものである(裏面銘文)。


その横にある四谷大木戸跡碑

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四谷大木戸跡碑
 四谷大木戸跡碑(この説明板の裏側にある)は、昭和34年11月地下鉄丸の内線の工事で出土した玉川上水の石樋を利用して造られた記念碑である。
 実際の大木戸の位置は、ここより約80メートル東の四谷4丁目交差点のところで、東京都指定旧跡に指定されている。」


四谷4丁目交差点。ここに四谷大木戸があったわけですね。

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この日はAPECの開催日ということで、4丁目交差点から大木戸下交差点にかけて警備車両がずらりと止まっていました。写真の中にも1台小さく写っています^^


外堀西通り・大京交番前近くから見た玉川上水余水路。

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玉川上水水番所で江戸市中へ通した水の余りは、新宿御苑の東を通り、外苑西通りを越えて渋谷川の流れとなっていました。

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(「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」の説明板より)


今回の江戸百はブラタモリ第2シーズンの「新宿 水道編」で取り上げていたものばかりに。ちょっとはひねりたかったんですが^^;;

最後の1枚は新宿御苑東側の正門前にある歩道橋の上から見た新宿御苑内です。

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秋、ですねぇ。


===スバル===