歴史というものは、

文字通り、歴史に名を残しているような

ごく一部の人間たちによって作られていると思われがちですよね。

 

でも、実際には、

そのときそのとき、その時代に生きていたすべての人が関わって、

歴史というのは出来上がっています。

 

何気ない今日も、振り返れば日本や、人類の歴史の1ページであり、

あなたも私も、紛れもなくその1ページに関わっているのです。

 

かつての人々がそうであったように。

 

そう考えると、過去の歴史も、今と脈々と繋がっているわけで、

そのことを認識するだけでも、過去の歴史や、

今、この瞬間の景色が、ちがった色で見えてくるもので、

非常に面白いんです。

 

 

では、どんなふうにして、我々のような「名もなき一般人」が、

歴史づくりの中で役を担っているのか。

 

いろんな方法があります。

 

戦国時代は農民が合戦に駆り出されていましたし、

「一揆」や「打ちこわし」のような蜂起もあります。

 

江戸の町民文化なんかも、名もなき市民が作った歴史ですね。

学生運動や安保闘争もそうです。

 

こうしてみると、一般人が作る歴史参加というのは、

みんなでのなんらかの動き、つまり「ムード」のような形をとっている、

ということがわかると思います。

 

のんびりムード、報復ムード、いけいけムード。

 

かつて、日本が第二次大戦に突き進んだ原因のひとつに、

国民が国や軍部による煽りにのって、

「いけいけ!やれやれ!」とムードを作っていった、

という事実があります。

 

一部の新聞社も、実は最初は「戦争反対」と言っていましたが、

「戦争に反対するとは、何事か。そんな新聞は不買運動してやる!」

という世論に耐えかねて、

戦争に賛同する態度に変えた、というのがあります。

 

先の大戦に関してだって、日本国民は実はちゃんと当事者なのであって、

「ムードづくり」という形で、ちゃんと歴史に名を残しているんです。

 

そう考えると、「無関心でいる」ことや、「従う」という態度も、

実は一般人としての歴史参加なんですね。

 

しらけムード形成の立役者とでもいいましょうか。

 

そうなると、例えばいま、我々一般人の投票率が低いことや、

政治の話をすることを極端に避けるという態度も、

いろんな社会課題に無関心でいる、ということも、

それそのものが、つぎの日本の姿を決めていく

歴史づくりへの参加なのですね。

 

そう考えるととても面白いし、

誰も日本の歴史に参加していない人がいないって、

なんかちょっとワクワクします。

 

 

けれど我々一般人は、過ぎて行く毎日の平凡な暮らしが、

この日本の歴史のいちぶだとは意識しません。

 

多くの人は自分のご先祖様も意識しないし、

なんなら、自分の3~4代前の先祖の名前もよく知りません。

 

ですよね?

 

多くの人がそうだと思います。

 

だから、「みんなそんなもんだろう」と錯覚してしまいがちです。

 

今日という1日と、過去の「歴史」は別物であって、

「歴史」と名のつくものはモノクロのイメージ。

「いま」だけがカラーで高精細なイメージで、

モノクロとカラーは別世界と認識しがちです。

 

けれど、想像してみてください。

もし、70年前に、今と同じデジタル映像技術があって、

例えばiPhoneがあったら、と。

 

いま、我々がみている色鮮やかで、高精細な映像で、

あの戦争は記録されていたのです。

 

我々は映像や画像の古めかしさから、

歴史を「今と別物」とイメージしやすいですが、

その事実は、厳然と、ありありとそこにあったんですよね。

そして、そこにいた当事者の脳裏には、

ハッキリと、リアルで高精細な映像として残っているのです。

 

そのうち、タイムマシンが出来たら、数百年前の過去の世界が、

鮮やかな映像で撮影されることになるのでしょう。

 

そのことと歴史認識力は、きっと関係があります。

 

想像するだけで面白いですよね。

 

 

さて、我々、日本人は、

歴史が今と繋がっている、という話をすると、

「陰謀論だ」と解釈してしまう傾向があります。

 

それも、よく考えるととても不思議なことです。

 

陰謀って、別の言い方をすると、

「思惑(おもわく)」と言えると思います。

 

誰かが、なんらかの意図を持ってことにあたる、ということです。

 

あなたが、会いたくない人から食事に誘われた時、

ありもしない先約を理由にするかも知れません。

そんな小さな嘘だって、そこには意図があるし、思惑がある。

大きく言えば「食事に行かないための陰謀」です。

 

いま、国会で騒がれている「もりかけ問題」だって、

簡単に言えば陰謀をあばこうとする側と、隠そうとする側の攻防であって、

そんなことは、過去日本の現代史でもいくらでもあるわけです。

 

人は人とのやりとりの中で、

いくらでも「駆け引き」をしているのですから。

 

自分の日常生活のなかでは、

多くの「陰謀」がひしめいていることを容認しているのですから、

過去の人がそれをやっていることも、当たり前ですよね。

 

歴史の中では「暗殺」なんて山ほどある。

ケネディ大統領だって暗殺されている。

歴史を遡れば、日本の天皇だって暗殺されていますよね。

 

なのに、今の日本だけは陰謀がない、と断言できる理由などなくて当たり前。

 

人間には感情があるのですから、

その現実を前提にすることができれば、

歴史だって見える景色もまた変わるのです。

 

 

私は最近、ここで、安倍晋三さんと、

主に幕末から敗戦までの歴史とのつながりを語ってきました。

 

安倍晋三さんが率いる自民党という政治集団が、

戦後GHQによって決められた(とされる)日本国憲法を、

どうしてこんなにも変えたがっているのか。

 

そこには、ちゃんとした「歴史の流れの中での必然性」がある。

そのことが見えるかどうかで、彼の狙いが見えてくる。

 

そのことを国民が知っていくと、

もっと面白いことになるんです。

 

 

もう一度、わかりやすく言うと、

この日本という国の歴史の中では、憲法がふたつあります。

 

ひとつが、今の憲法。

日本国憲法ですね。

 

もうひとつが、前の憲法。

大日本帝国憲法(別名・明治憲法)です。

明治時代に、明治の権力者によって作られました。

 

明治憲法は、そのときの権力者が、

その権限を欲しいままに使える、権力者に嬉しい独裁的な憲法です。

 

その権力者の中心が、長州というグループなのであり、

その長州とは、今の山口県なのであり、

安倍晋三さんは長州の末裔(まつえい)なのだ、ということです。

 

わかりやすいですよね。

 

 

今の「日本国憲法」は、国民のための憲法であり、

前の「大日本帝国憲法」は、権力者のための憲法であり、

前の憲法は、戦争に負けたことが原因でGHQ(占領軍)に

無理やり変えさせられた、という経緯があるのです。

 

この出来事は、「戦後の民主化」のことですから、

国民の目から見るといいことに見えるわけですが、

権力者からすると屈辱的なことだったんですよね。

 

だから、それを、戦前の体制に戻したいのです。

 

安倍晋三さんは、それをやってるんです。

一生懸命に。せっせと。

 

それが「戦後レジームからの脱却」であったり、

「日本を取り戻す」というキャッチコピーで表現していることです。

 

彼の頭の中では、くっきりとつながっている過去の歴史と今。

 

それが、我々一般人にはない感覚だから、

我々には彼の「思い」が理解できないのであって、

その、「一般人には理解できない」といことを、

彼らは利用している、ということなのですね。

 

 

なんで、こんなギャップがあるのか、

もう少しだけ話します。

 

もし、あなたのお祖父さんが歴史上の人物だったら、

あなたにとって、歴史はもっともっと身近です。

なぜなら、あなたは歴史を、お祖父さん本人から聞くことができるからです。

 

そうやって、歴史上の人物の子孫は、

歴史を自分ごととして、口頭で伝えられるのです。

子どもの頃から。

 

私の祖父は、名もなき一般人ですから、そんな経験はありません。

でも、想像するのです。

もし私の祖父が、例えば大久保利通だったら、歴史は自分ごとです。

 

明治維新の裏側も、当時交錯した思惑も、すべて伝え聞くことでしょう。

そんなことをイメージすればいいと思います。

 

さて、想像してください。

 

安倍晋三さんは、オバマ前大統領を、自分の地元、「山口県」に招きましたね。

 

山口県は、長州藩です。

 

明治維新で日本の実権を握ったのが長州であり、安倍晋三さんは、その子孫。

かつて、大日本帝国憲法を作り上げ、この日本を欲しいままにした人々の子孫。

その「私物としての日本」を、敗戦で取り上げられた人たちの子孫なのです。

 

明治維新で独裁国家を作り上げ、

その国を敗戦で取り上げられ、悔しい思いをした人の子孫。

それが、安倍晋三さんなんです。

 

歴史はつながっています。

 

 

最後に、ちょっとドキッとすることをお伝えして、終わりますね。

 

明治維新というクーデターを起こした長州ですが、

その主要メンバーは、実は長州藩の中の偉い人々ではなく、

身分が低めの人々でした。

 

だから、彼らの名前も、あの幕末のときに突然出てきてますよね。

 

それまでの日本の歴史の中で、

みんなが名前を聞いたことがある人って、戦国武将が多いと思います。

 

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は知ってますよね?

他にも、武田信玄とか、上杉謙信とか、いろんな人がいます。

 

明治維新の人たちって、その人たちとちがう名前です。

だから、そこも流れとして「別物」に見えるわけです。

 

では、安倍晋三さんの先祖、長州藩の藩主って誰でしょうか?

 

これは毛利(もうり)さんです。

聞いたことありますよね、毛利さん。

 

この人が今の山口県である長州藩の藩主です。

で、毛利家の中でいちばん有名な人というのは、多分

戦国武将だった毛利元就(もうりもとなり)だと思います。

 

なんで有名なのか、というと、

「三本の矢」というお話を世に残したからなんですね。

 

wikiから引用します。

 

※ ※ ※

 

晩年の元就が病床に伏していたある日、隆元・元春・隆景の3人が枕許に呼び出された。元就は、まず1本の矢を取って折って見せるが、続いて矢を3本を束ねて折ろうとするが、これは折る事ができなかった。そして元就は、「1本の矢では簡単に折れるが、3本纏めると容易に折れないので、3人共々がよく結束して毛利家を守って欲しい」と告げた。息子たちは、必ずこの教えに従う事を誓った

 

※ ※ ※

 

この話、聞いたことありますよね? 三本の矢。

 

さて、思い出してください。

 

安倍晋三さんがいつもいつも口に出す、彼の名を冠した経済政策。

アベノミクスですね。

 

彼はこの政策を説明するときに、

「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」という3つの柱を

なんと言って説明していましたか?

 

知らなかった人は、ここで知ってくださいね。

 

「アベノミクス 三本の矢」として説明していました。

 

偶然だと思いますか?

 

つながっているんですよ。歴史は。

つながっているんですよ。長州と安倍晋三は。

 

ただ、私たち一般人には、

歴史に名が残っている人の気持ちが理解できないだけなんです。

彼らはいつもよりどころにしているんですよ。

 

自分の家の歴史を。

今の日本政府で発言力が大きい人は、

未だに薩長の幕末史の末裔だったりするんですよ。

 

面白いですよね!

 

 

さて、戦後、主権者となった我々国民は、

いま、またこの日本という国を彼らに渡してしまうのでしょうかね。

実はいま、日本の一般人と、日本の権力者が闘っているのです。

 

「憲法改正」という課題が、それです。

 

国民のための憲法を、権力者のための憲法に変える。

それはつまり、この国を国民のものから、権力者のものにする、

ということと同じ意味です。

 

どこに本当の対立軸があるのか、ちゃんと見極めたいところですよね。