幼い頃に死んだ祖父が

いつだったか私の手相を見て

ますかけ線が出てる事に気づき

お前は大器晩成型だと言われ

絶望的な気持ちになった


この目の前にいる

祖父くらいの年齢になるまでは

成功しなという事が幼心に

耐えられそうに無かったからだ


ちなみに

その頃は両手とも出ていたから

祖父は益々喜んでいた


母方の祖父の記憶は

曖昧にしか残っていない

たしか亡くなったのは

小学2年の暑い時期だった


正直に言うと

あまり好きではなかった

たまに会って怒られ

お尻ペンペンされるから

その手相を見られている時も

どこかオドオドして

体は固まっていた気がする


大器晩成とお尻ペンペン

小学校1年生の時に当時の実家へと

祖父母が遊びに来た時に

ファミコンをプレゼントされた事

その年の夏休みに

祖父母の家へ旅行へ行った時に

野良犬に吠えられて助けられた事


相手の目をジッと見て

逸らさなければ犬など恐るに足らないと

教えてくれた時の記憶

それくらいしか覚えていない


とにかく志願して兵隊になった人だから

今の常識とは違う感覚の持ち主だったのかもしれない

おぼろげに覚えている光景

母親とその姉を正座させて叱りつけていた

おそらく母親の離婚話を黙っていた事を

延々と叱り続けていたのだろう


けれども結局

最後は娘の気持ちを優先して

離婚を受け容れるあたりは

彼なりの気遣いだったのかもしれない


自分の手相を見るたびに

大器晩成を楽しみにするようになった

子供の頃は大人になるまでは

おじいちゃんになるまでは

良い事は起きないと腹を括り


青年期には

今はまだ準備段階だから

苦労するのも仕方ない

そう言い聞かせては

いつか起きる良い事を夢に見ながら

何とか毎日をやり過ごし


四十を超えたあたりから

事あるごとに上を見上げながら

時には空へ

時には天井へ向けて問い掛けた


おじいちゃん

そろそろ良いんじゃないですか?と

そう何度となく問い掛けても

未だに何も起きはしない


今ではちょっと

晩成っていつだよと怒り出し

それでもどこかで信じてる

五十代で何とかお願いしますと

まだ諦めていないのが

自分らしくて面白い


この気持ちを

成功と呼ぶのだろうか

決めるのも自分か