若い男性の二人組が

移動距離1メートルのエレベータを見て

最近のエレベータは

甘やかし過ぎだと言いながら

エスカレータで降りて行った


たしかに階段にすると

六段分の高さなのだから

スロープでも良さそうなものなのに

あえてエレベータにする意味は

いったい何なのだろう


しかし若い彼らの言う

最近とは一体

どれくらいの期間なのだろうか

時を遡れば遡るほど

階段しかない時代へと戻るのだが

およそ二十年ほどの

人生の最近とはどれくらい

遡るのだろうか


耳に勝手に入って来る

他人の言葉とは

これほど脈絡が無く不可思議で

どうでも良い事なのだけれど

作業中の退屈しのぎの

考え事にはちょうど良い


そのエレベータが

想定している利用者とは

おそらく障害を

持ち歩かなければならない

そんな人の為にあるのだと思われる

しかしその二人の若い男性達は

どちらもその結論には辿り着かずに

立ち去ってしまった


スロープにすれば

ランニングコストがほぼ掛からない

市役所のそのエレベータの掃除をしながら

こんなつまらない考え事でも

他人の価値観など

自分には到底測れないのだという

事実を教えてくれる


もしもそのコスト分が

自治体から請け負って清掃をしている

自分の労働の対価から削られていたとすると

また違う思いが湧き上がるのだろうか


そもそも市民の一人であり

少ない金額とはいえ税金を納めている

納税者なのだから

このエレベータのコストに

口を出す権利もあるかもしれない


しかし将来

障害を持ち歩かなければ

ならなくなった時には

もしかするとこのエレベータがある事に

感謝出来るのかもしれないから

ひとまずは何も言うまい


ただこれまでの数カ月

作業中にこのエレベータを使用するのは

嫌味な健常者しか見た事がない


1メートルとはいえ

下から上がって来るのを待つくらいなら

すぐ隣の階段を六段降りたほうが

待つことも無く移動出来るのに

わざわざ待ってまで

エレベータを使う理由が分からない


そのエレベータの中で

作業をしていると

扉が閉まってから到着して

再び扉が開く為の時間よりも

1メートル移動するのに掛かる

時間のほうが短い気がする


要するに移動よりも

扉の開閉にかかる時間のほうが長いのである


そのほんの数秒

エレベータの中で二人きりになる

あの気まずさを味わうのが嫌だから

その人が使用する時

乗り込む時には見送り

階段を降りて先回りをして

開く扉の前に立ち

使用者を出迎えるという

求められもしないサービスを

勝手に提供して遊んでいる


おそらくあの使用者は

こちらの作業の邪魔をして

ちょっと楽しんでいる節があるから

こちらも負けじと要らないサービスを

提供して楽しんでしまうのだ