太平洋に面した私たちの街にも、ひと冬に何度か雪が積もった。わずか数センチの雪が気象台に大雪注意報を出させ、都市の機能を完全に奪い去ってしまう。雪国の人が聞いたらきっと呆れ果ててしまうに違いない、そんな雪に対しては全く無防備な街であった。

 雪が積もると学校では、どのクラスも授業を1、2時間割いて野外授業、つまり雪合戦を行った。雪合戦ができるほどの積雪は年に1度か2度。この少ないチャンスに誰もが、先生までもが心踊らせた。しかし、陽が高くなるにつれ雪は少しづつ溶けていき、白一色だった校庭は茶色のまだら模様に姿を変える。教室の窓からこの様子を眺め、輝く太陽を恨み、雪国の子はいいな、などと無責任なことを考えたりした。

 その日は学校からの帰り道だというのに、まだまだ充分すぎるほどの雪が積もっていた。雪を投げあったり、大きな雪ダルマをゴロゴロ転がしたり、友人と2人でふざけ合いながら道草を食っていた。とそのとき、どこからかこぶし大の雪のかたまりが足元へ飛んできた。木に積もった雪が落ちただけ、最初はそう思っていたのだが、続けて2つ3つ、決して私たちに当たりはしないのだが、次から次へと飛んでくる。別の友人がどこからか投げてくるのではないか。しかし2人の友人にこの道を通って帰るものはいない。それでは中学生の嫌がらせか。まだ中学校の下校時間ではないはずだ。そんな事を考えながらわたしたち2人は細い畦道に立ちつくした。右はうっそうと生い茂る竹林、左は白一色に染まったたんぼ。空には雪雲が低く垂れこめ、遠くには小さな火葬場の煙突も見える。けっして賑やかな場所ではない。小心者の私たち2雪合戦人は、とにかく帰ろう、ということになり2歩、3歩と歩きだした。

 その時、(お~い!)。突然の呼び声に私たちの背筋は凍りついた。(帰っちゃうのかよ~!)。恐る恐る声のする方を向くと、見知らぬおじさんがニコニコしながら立っている。手には雪のボ-ル。その時私の頭にとっさに浮かんだのは、およそ私たちには似つかわしくもない「誘拐」というふた文字だった。世間を賑わせた「よしのぶちゃん誘拐事件」の記憶もまだ新しい頃だ。
(と、とにかく逃げようか。/うん。/じゃ、せ~ので走ろうね。/うん)。2人はいきなり駆けだした。振り向くことなく全速力で雪の中を走った。しばらく走り、わりと大きな八百屋の店の前まできてやっと一息。(ゼイゼイ、恐かったね。絶対あれは誘拐犯だよ。お母さんたちには内緒ね。もうあの道通るのよそうか・・・・)。

 地球温暖化の影響か、最近はあまり太平洋側には雪が積もらなくなった。ことしは1日だけで、それも結局午後からの好天であっという間にきれいに溶けてしまった。それでも積雪があると妙に心が踊る。こんな日は童心に返り、近所の子供たちを誘って雪合戦でもやりたい気分になる。そんなとき、遊ぼうと思って声を掛けた子供たちに、いきなり脱兎の如く逃げられたりしたら、やはり私でも少しは傷付いてしまうのだろうか?