「絶対に信じてもらえないから」。そんな理由で今まで誰にも語らなかった話というものを、人は1つや2つ持っているものだ(と思う)。さて、私の場合・・・。

 かえるである。そう、ピョンピョンと飛び跳ねるアノ蛙の話である。
 それは私が、まだ小学校のハナタレ坊主だった頃のコト。家の周りにあった田んぼは、区画整理により次々と埋められ、鉄筋の団地がニョキニョキと姿をあらわし始めていた。暮らしがどんどんと豊かになる高度成長の時代。しかし田んぼにすむ生物たちにとっては、まさに受難の時代だった。

 稲田の隣にいきなりマンションが聳え建つ、そんなフシギな場所をひとりでブラブラと歩いていたときの事。「ゴーッ、ゴーッ」と、とてつもなく大きな音が耳に飛び込んできた。それが食用蛙(牛蛙)の鳴き声だとわかるのに、しばらく時間がかかったほど異様な音だった。その声の主はすぐ近くにいた。畦道の脇のコンクリート製の側溝の中。その中で彼はちょっと上を向くような恰好で鳴いていた。20センチ以上はある立派な食用蛙である。ビンボーな田舎モノとはいえ、かえるを食すほど生活には困っていなかった私は、とりあえず「うまそうだ!」などとは思わず「ヤッタ!」と少なからず喜んだ。というのも、コイツらは鳴き声こそアチコチで耳にするのだが、いざ姿を探すとなるとなかなか見つけられないからだ。そ~っと手を伸ばし、エィッと捕まえる。すると、驚くほど簡単にそいつは捕まった。まるで「助けていただいてありがとう」とでも言うように。そしてご丁寧にもペコリとお辞儀をした(これはウソ)。

 しばらくそいつを抱えたままプラプラと歩いた。季節は夏。照りつける陽射しでヒフが乾くと、田んぼの水に浸してやった。ひょっとしてお腹がすいているんじゃないかと、お菓子もあげた(当然食べなかったけど)。しかしそこは年端もいかない少年の常、どんどん時間が経つにつれて邪魔になってきた。かといってそこらに放り出すわけにもいかない。そこでフト思い付いたのが、歩いて20分ぐらいの距離にある池。たまに魚釣りに出掛ける大きな池で、一級河川とつながっている。あそこならコイツも達者に暮らせるはずだ。私はその池へと急いだ。正直かえるには飽きていたので、持ち方さえもいいかげんであった。足を持ってバケツのようにブラブラと。

 しばらくして池に到着。さっそく私はかえるを放してやった。ところがかえるは水を得た魚どころか、気を失ってノビている様子。プカーと水に浮いたまま動かない。棒でチョンチョンとつっつくと、やおら面倒くさそうに手足を動かし、スィーっと池の真ん中の方へ泳いでいった。すると、岸から2、30m離れた辺りだったか、その不思議な出来事が起こったのだ。なんとそのかえるは、突然こちらを振り返ると「バイバイ」とでもいうように手を振ったのだ。そしてさらに驚くことに、その顔はセサミストリートに出てくるかえるさん(名前を知らない)にそっくりの笑顔だったのだ。

 父にも母にも姉にも、もちろん友人の誰にもこの話はしていない。かえるが笑って手を振るなんて!分別ある大人たちには信じてもらえないし、仲間たちには思いっきりバカにされるはずだ。なにより自分自身が一番信じられなかったくらいだから。しかし最近ではあの少年の日の自分を振り返って、あれは見間違い、それとも勝手な想像ではなかったか、と思うことがある。事実だったとしても、長時間窮屈な姿勢で運ばれていたかえるが、水面で伸びをしただけなのではないか、と常識的な解釈を加えたりする。
 ひょっとするとそれは、自分もいよいよ「分別ある大人」の仲間入りをしてしまった証しなのだろうか。