かすみがうら市の深谷地区にある八坂神社に参拝してきました。

名前から推測出来る通り、祭神は建速須佐之男命で、天王さまの通称でも呼ばれています。

境内には由緒書きはありませんが、宮司さんから頂いた由緒書きによれば、『元々、江戸時代の神職持神社が始まりか。元禄五年が創建か、すでに鹿島神社二社供に神職宛裁許状(元禄五年三月三日)が交付されている。鳥居扁額には『総社 牛頭天王』とみえる、今の様な運営形態になったのは明治二十年代始めではないか。(中略)』と書かれています。


此方が深谷八坂神社の参道と鳥居です。
鳥居の前には社号標があります。


↑に書いた由緒書きの文章にもある通り、鳥居の扁額には『八坂神社』ではなく、『総社 牛頭天王』と書かれています。


社号標。


拝殿。
平屋建ての様な簡素な拝殿です。


本殿。
中々立派な造りの本殿です。


境内社。
天神さまと雷神さまを奉ってるそうです。


鳥居の前(参道)には、市指定文化財『藤切り祇園祭』の説明書きがあります。


藤切り祇園祭とは深谷八坂神社の例祭で、かすみがうら市の公式ホームページによれば、『深谷八坂神社の祭礼で毎年7月第4土曜日(以前は旧暦6月21日)の宵祇園の日に行われます。
八坂神社を祀る深谷地内の深谷一・二集落、上郷集落、東部集落、下郷集落、幕田集落が5年を1周として巡まわりで上当(頭)・下当(頭)をつとめます。御輿をかついだり、藤を切るのは上当、藤づるや大魚(堅木の丸太をナラなどの小枝で包んだもの)を用意するのは下当の役目とされています。
宵祇園の日の午後、御輿の小浜下りが始まり、その帰途御輿が藤切り坂にさしかかると、下当の若衆が土手の上で藤づるを力いっぱいまわし、これをさえぎります。上当の者は、薙刀で四苦八苦してこれを切り、次に坂の上にある大魚をナタで切ります。これで御輿が通ることができ、藤切りの行事は終了します。この藤づるを切る行為には、幾多の困難を乗り切るという意味が込められており、疫病退散、五穀豊穣、民生安定を祈願する行事として、現在も続けられています』との事です。

深谷八坂神社に付いた際に、宮司さんと思われる方が居たので、運良く御朱印頂けるかなと思っていたら、車で自宅の方へ向かって行ってしまったので、参拝を済ました後、宮司さんの家に連絡して御朱印の話をした所、引き受けてくださり御朱印を授与して頂きました。

深谷八坂神社の宮司さんは、中々気さくで感じの良い方で、地元の神社や宮司さんだけで運営している様な小さな神社を気にかけてらっしゃる様でした。

それでは深谷八坂神社の御朱印の写真で、今回の記事を締め括ろうと思います。



深谷八坂神社
茨城県かすみがうら市深谷1379-2