「好き」であふれた毎日を生きよう♪

好きな人、好きなもの、好きなことに囲まれた人生。


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こんにちは。

ちもです。



家族でいた小さな家は、悲しかったり、怖かったりの

思い出がいっぱい詰まってます。

こんな事ばかり書いてると、私、悲劇のヒロインみたい?

ですが^^;

もちろん、私の人生、

楽しい事や嬉しかった事も沢山あります。

やっぱり色んな人に支えられて生きてきた

んやなぁってことをちゃんと知っていました。

だから辛い事にも耐える力があった。

そんな話もまた今度書こうと思います。



でも、今日も小さな家の中のちょっと重い話。

最終回です。。。。


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私が大学に入る頃かな。。。


母の彼氏のおじさんは、だんだん家に立ち寄らなくなりました。

その事は良かったんやけど、

8つ上の兄の状態がさらにひどくなりました。

凶暴さは増して、青あざができるくらい殴られる事も何度かあった。

(余談ですが、こういう時こっちも腹が立ち過ぎて興奮して
全然痛く感じない。『何じゃこのへなちょこパンチは~!!』
と思ってたのに翌日見たら青あざが出来てるので、驚きでした。
『ボクサーってこんな感じかな?』なんて関心して、
当時、親友に話してました。笑えねぇ余談ですが。。。^^;)


兄は大学に8年も籍をおいた状態で行ってなかったんですけど、
(行かせる方も行かせる方ですがね)

8年で大学はもう籍を置いておく事もできなくなるらしく、

いよいよ、卒業か、退学かって事態を迫られて、兄は

精神的に追い詰められてしまったみたいです。


それまでも、オカルト的な事に傾倒していた兄でしたが、

キリストに呪い殺されるだの、釈迦と戦ってるだの、言い出して、

紙に小さな字で、びっしり意味不明の言葉を書いたり、

ぶつぶつ呪文のようなものをいつも言うようになって、

そのうち、何者かに呪い殺されるという恐怖に

もう夜も眠ることでができなくなって、

ひどい時は、頭皮をぴくぴく動かしながら、口から何かを

取り出す手つきをしながら、家の中を二階と一階を

一日中休まずうろうろ動き続けるようになって。。。。


もう、家族の話も全く聞けない状態になりました。

正直、どういう行動になるか、予想ができなかったので、

私も、今までにないくらいの危機感と恐怖を感じていました。



以前から、病院に行こうって何度も説得してたんですが、

その度に、病人扱いするな!と暴れまわって、

家族でダントツで体が大きくて力が強い兄を

誰も押さえ込む事ができなかったので、

どうやって病院に連れて行くかが最大の問題でした。


そういうのが何日続いたかな。。。

もう家族の疲労も、恐怖で眠れない兄の体力も限界って

感じでした。


でも、転機が訪れました。


ちょっと症状がマシになったすきに、

何とか、病院に行く事を承諾させる事ができたんです。


病院に行くようになってからは、薬をもらって、

一日中、部屋を徘徊するようなこともなくなりました。


キレたり、包丁を振り回したりはあったけど、

以前よりは随分少なくなりました。



一方、兄の方が多少落ち着いた頃、母にまた彼氏ができました。

次のおじさんは前の人と違って、気が長くて、

優しくて、すごくお世話になって、感謝してもしきれないくらい。



でも、母はやっぱり母より女の部分が大きくなって、

同じ女だからかな、そういうのはすごく嫌でした。

母は自分のデートの話とかを、ずーっと話し続けるけど、

私の話は全然聞いてくれなくて、

私が大学でどんな友達と、何を考えて生きてるかなんて、

興味ないんや。。。って、

寂しくて、悲しくて、もっと私を見て!!って思ったけど、

もう、母には絶対自分の思った事を話すのはやめようって

自分の中で約束を作りました。拗ねたんです。



私が大事な事を話そうとしても、すぐ話を切って

自分の話に持っていくし、

母は話すのが大好きで、いつもずーーーーっと自分の

話ばかりしてくるので、もう母の話も適当に聞いてるふりして、

絶対本気で聞いてやるもんかって約束も作ってました。


その頃かな、私は26歳で今の旦那さんと結婚しました。

『ああ、もうキレられたり、怒鳴られたり、殴られたりしない

安心で安全な私の居場所ができるんや』ってすごく嬉しかった。

旦那さんが、私を危険な場所から救い出してくれた気がしたな。。。


一人目の子供が生まれて、生後一ヶ月間、

母に手伝いに来てもらう約束をしてたんですけど、

来るって行ってたのに、うちの近くをデートしてて

結局来れなかったり、用事も中途半端に、

コソコソ出かけるしおかしいなと

思ってたら、後で聞いたら彼氏と会ってたり。。。



そういうウソつかれるのにも、もう嫌気がさして、

ますます母に苛立ちを感じてました。

『普段やったら頼まへんやん。私が大変な時くらい

もう少し私を優先させてくれてもいいんちがうん!?』

って思った。でも言わなかった。


本当は悲しかった。もっと大事にされたかった。


あ、また泣けてきた。。。。


今、心理学を勉強して、泣けるようになったから、

どんどん涙が出てきます。


でも、その時は、何があっても、どんなに悲しくても

泣くなんて術知りませんでした。


私、悲しくて、寂しかったんやね。


その時に、そんな事言ったら、小さい駄々っ子みたいで

カッコ悪いから、恥ずかしいから、

全くそんなそぶりを見せず、隠してきました。


もう、こんな気持ち、私の中でフタをして、

墓場まで一緒に持っていくんやと思ってました。



でもね、今年、「拗ねる」をやめられたんです。

その話もまたいつか。



「悲しい」「悔しい」「腹立つ」「寂しい」

「やめて」「たすけて」「わたしを見て」「大事にして」


そんな感情の全部を隠して、感じてないようなフリをして

生きてきた人生です。


いつも落ち着いたイイ人でいたかったし、それが正しいと

思ってた。


でも、私の心の中では、いつもとじ込めた思いが

ぐるぐる回って、煮えたぎって、

出口のないドロドロした物たちが、

もう腐ってしまう寸前だったんだ。



だから仁さんのところに来たんだ。


生まれて初めての「助けて」を言うために。






8歳上の兄は、6年前に心臓発作で亡くなりました。

すごく苦しい人生だったんじゃないかと思います。


兄のようになりたくないと思って生きてきた私ですが、


兄のような心の傷を持った人が、少しでも傷を癒して

人生を歩みやすくできる世の中になりますように。


私のような心がドロドロになるまで我慢してる人が

張りつめた糸を少しでも緩める術を知って欲しい。


だから、私は書いていきます。



。。。。


長くて暗いお話にお付き合い、ありがとうございました。

また、私の事はちょくちょく書いていきます。

自分の暴露が誰かの気付きになれたらいいな。


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