清原選手引退「なぜ無冠の帝王」その訳。
清原、ラスト西武Dで万感胴上げ 9月30日9時41分配信 デイリースポーツ 西武ナインらに胴上げされる清原=西武ドーム 「西武3-4オリックス」(29日、西武ドーム) プロ野球選手・清原和博が生まれ、育った西武球場(現西武ドーム)。試合後。
出番はなかったが、清原はファンの大歓声に押されるようにグラウンドに現れると
スタンドに手を振りながら一塁ベースを踏み、
「500何本の半数以上がライオンズのユニホームを着て。
あのボックスにもいろんな思い出がある」と打席に向かって深々と頭を下げた。
ベンチへ戻ろうとした清原を西武・渡辺監督が呼び止めて花束をもらった。
両軍ナインから胴上げされ、西武の背番号3を受け継ぐ中島とユニホーム交換を行った。
サプライズのセレモニーに潤んだ目で
「一番かわいがってもらった先輩(渡辺監督)に送り出してもらい、
いろんなものが頭をよぎった」と清原。
清原選手、引退おめでとうございます。
少し前の記事ですが西武ライオンズ時代を思い出し記事にしました。
清原選手は、西武ライオンズ時代に前オーナーである堤氏に甘やかされて育ってしまったのが
選手生命後半に響いていると思っています。
素質だけでこれだけの成績は、ずば抜けています。
後半、巨人時代に衰えにやっと気づき
肉体改造などをはじましたが、時すでに遅し。
西武時代の若いうちに、しっかり指導していれば
もう少し後半は間違いなくよかったまた選手生命ももう少し長かったかな?と思われます。
また清原選手はこれだけのホームランを打ちながら
無冠の帝王「本塁打王」がありません
その原因は、西武森監督時代に指導された事が原因です
森野球とは、優勝という結果は出すが、派手さ、面白さが無いとよく言われました
森野球は、いくら4番でもチームの勝利第一主義.
清原選手は、徹底的にチームバッティングを教えられ
また実行してきました
その結果、先頭では出塁を考え、走者がいれば進塁打、得点圏では走者を還す
バッティングに徹した。
もし、清原選手に「かまわずホームランだけを狙っていけ」と指導していたら
本塁打王は、何回も取れていたでしょう。
今年の西武ライオンズ中村選手のように…
おそらく、中村選手も今年も元西武伊東監督が指揮をとっていたら
今年のような数字は打てていなかったでしょう。
それは、伊東さんは清原選手同様に森野球の指導を受けていたからです
ところが、現西武渡辺監督、大久保コーチに代わり
憶測ですが、細かい事を言わなくなくなったのでしょう。
その結果が悪くても何も言わなかったと感じます。
清原選手は、チームが勝つためには最強の4番打者であった事には間違いありません。
その反面、犠牲のなったと言っても言いすぎではないように思えます。
ズバ抜けた素質であったがために、そのままで結果が人より出せていたために
「節制・努力」が欠け、選手生活の後半苦労をしてしまいました。
そうは言っても先日の引退式を見て
これほどの人気があり、プロ野球界に貢献した清原選手は
素晴らしかったと改めて感じました
間違いなく、最強の4番打者です。
本当にお疲れ様でした。
いや、無事引退おめでとうございます。

