東海型過疎・・・親子近隣居住によるゆとりの過疎 | 地域づくりの実践と地域研究の課題

地域づくりの実践と地域研究の課題

限界集落で地域づくりの実践に取り組みながら、地域研究者として、地域をめぐるさまざまな研究に対して問題提起をおこないます。

 静岡県内の過疎地を廻っていると、どこかにゆとりを感じさせる地域が多い。まず多くの空き家がありながら、売らない・貸さないところが多い。人口が減って困っていると言いながら、見も知らぬ人に来られても困るという。

 数年前、静岡市内の設計士の方から田舎暮らしをしたいので、良い物件があったら紹介してくれという依頼を受けた。探したがなかなか見つからない。しびれを切らしたその人は、田舎ぐらいの本をみて、そこで掲載されていた広島県尾道市の郊外の空き家の物件を訪ねてみた。すると農協の組合長から商工会の会長まで総出で迎えてくれ、見も知らぬ人間である筈なのに、大きな農家の空き家と隣接する畑を貸してくれることが決まったという。その人の仕事と息子の就職先まで斡旋してくれたという。彼は嬉々として、静岡を離れ、そこに移住した。

 このように静岡県内の過疎地は、過疎だ・過疎だとわめきながら、真剣に過疎対策に取り組んでいるかというと、疑問に感じざるを得ない地域が多い。私は静岡県の地域特性として、30年前から「未熟な都市・ゆとりの過疎」ということを指摘し続けてきた。過疎で困っているのなら、もっと真剣に過疎対策・村おこしに努力しろと言い続けてきた。

 それと同時に、冷静に科学的に静岡県の過疎地を分析する必要性も感じて、この「ゆとりの過疎」の原因を探ってきた。そのなかでわかってきたことは、静岡県内の過疎地に取り残された高齢者の子どもの多くが、自動車で1~2時間程度の都市近郊で生活していることである。

 私が生活する静岡市葵区大川地区(旧安倍郡大川村)で、以前、学生たちと一緒に高齢者の生活実態調査をおこなったことがあったが、そのなかで子どもたちと頻繁に行き来していることが明らかになった。お年寄りの多くは、買い物や病院に行くために、都市近郊の子どもの家を使っている。冬、寒い時は、子どもの家で1~2ヶ月過ごすというお年寄りもいる。子どもたちも週末になると、度々、山間地の親の家を訪れている。親の家族と子どもの家族の交流が頻繁におこなわれているのである。

 私の生活する小さな過疎の集落にも、選挙の度に現職の国会議員が訪れる。票数はわずかなのに、何故、こんな小さな山間地の集落を廻るのか訪ねたことがある。すると、その議員は、過疎の山間地であっても、ここをこまめに固めていくと票の伸びが違うのだと言った。つまり過疎地で暮らしている高齢者の子どもや親戚が多く都市近郊で生活しているために、過疎地の高齢者の支持を得れば、山間地以外の都市部まで票を獲得できるのである。

 私は、このような現実を「親子近隣居住による生活互助」と名付けた。確かに高齢化率の高い集落が多くあり、高齢者のみ・高齢者の独り暮らしの世帯は多い。しかし彼らの中のかなりの比率で、近くに住む子どもがいて、互いに行き来することで生活を助け合っているのである。だから過疎化といっても、それほどの危機意識を持たない。どこかにゆとりがあるのである。

 日本列島の周縁部・北海道や九州・四国の過疎地の調査報告を読むと、子どもたちの多くは東京や大阪などの遠距離の大都市に住んでいて、親元に帰るのは年に数度程度である。これに対して静岡県の過疎地では、近くにある都市に子どもたちが移り住み働いているのであり、毎週・毎月、親子間の交流がおこなわれている。

 この近隣居住による生活互助をみていると、大都市の二世代住宅で親子が同居し、嫁・姑関係でもめている家族より、はるかに恵まれていると思ってしまう。親と子どもの家族は、同居するより、近い距離で別居し、互いに助け合うほうが幸せなのだと思う。

 診療所のお医者さんに聞いた話だと、高齢者の自殺率は同居している方が高いそうだ。家族と同居していながら、そこで疎外感を感じることがお年寄りには精神的な打撃が大きいからだ。独り暮らしのお年寄りは、周囲から見ると大変そうだが、自分のペースを守って生活できるので、それほどの苦にはならないそうだ。実際、独り暮らしで元気だったお年寄りが、けがで入院をして、すべて生活の世話をしてもらっていたら痴呆の症状が出てきた。ところが退院して独り暮らしに戻ったら、痴呆の症状が出なくなったという話を聞いたこともある。

 親子が近隣に居住し助け合うという形態は、静岡県だけでなく愛知県や東海地方に広く見受けられる。私は、それを「東海型過疎」と定義したいと思う。これまでの過疎研究では、過疎の類型として、西日本で多くみられる「挙家離村型」、東日本特に東北で顕著な「出稼ぎ型」が指摘されていた。「東海型」は、これらとは明らかに異なる過疎のタイプである。

 良く知られているように西日本の「挙家離村型」は昭和30年代以降のエネルギー革命、薪や炭を使っていた生活から電気やガスを使う生活への転換によって生じた。つまり薪や炭を生産することで生計を立てていた山村の住民が、このエネルギー革命によって山村で生活できなくなり、家全体で村を出ていったのが「挙家離村型」である。東北の「出稼ぎ型」は、昭和40年代、米価の抑制・引き下げによって、棚田などを作って生活していた農家が生活できなくなり、稼ぎ手である男が家族や親をふるさとに残したまま、大都市に出稼ぎにいき、農繁期には帰ってくるというタイプである。

 東海地方の「親子近隣居住型」は、西日本の「挙家離村型」・東日本の「出稼ぎ」と比較してはるかに恵まれた過疎である。しかし恵まれているといっても、過疎であることに変わりはない。このタイプに合う過疎対策が必要となる。

 そこで私が提起しているのが、次のようなライフスタイルの提案である。まず都市に居住している人がリタイアと同時に、都市に近い山間地の過疎集落に移住する。都市に建てた家は、子どもに譲り、親は田舎暮らしをおこなう。少ないとはいえ年金の収入があるので、田舎での生活は趣味道楽感覚での農作業となる。お金を使わないで、体力は適度に使う。病気にならない限り、快適な田舎暮らしを楽しめる。

 都市で生活する子どもの家族にとって、親が田舎で暮らしていることは、新しいふるさとが出来ることを意味する。盆や正月、学校の休み期間中、子どもたちはおじいさん・おばあさんの住む田舎に出かけ、豊かな自然の中で自由に遊ぶことが出来る。田舎で暮らす親が高齢になり、自立して生活が出来なくなる頃、子どもが丁度リタイアする時期になる。そこで子どもは、都市の家を次の子どもたちに譲り。親の住む田舎に移って親の最後を看取る。

 このように親の家族と子どもの家族が都市と田舎の双方に住み、互いに行き来することで良好な親子関係を維持する。このようなライフスタイルを東海地方の過疎地では実現している高齢者が多い。それを積極的に大都市居住者に宣伝し、過疎の集落への移住を進める。それと同時に、過疎地に居住する高齢者と都市に居住する若い世代の積極的な交流を促す、そのための基盤・条件整備を進める。そのことによって過疎地のかなりの部分が活性化する筈である。

 私が実践している過疎の集落・大間での地域づくりも、この点をかなり意識したものなっている。村を出ていった人が、リタイア後に村に帰ってくる。あるいは都会からリタイアした人を積極的に呼び込み、都市で生活する子どもたちとの積極的な交流を促すことで、大間を「うば捨て山」・高齢者だけの村にしない。これが大間での地域づくりの目標である。