アルゼンチン・アイデンティティ
― 草原と港のあいだで生まれた国家 ―
アルゼンチン人シェフのパブロが語る「アルゼンチンの食文化」 第3弾
皆さん、こんにちは。パブロです。
前回の「火 ― 僕たちはなぜAsadoを愛してやまないのか」の後編です。
さぁ、ついにここからがアサードの真骨頂、「本当の時間」の始まりです。
Andrés Camachoによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/34233503/
すべては、ひと掴みの紙と小さな薪に火を起こし、その上に炭や薪を重ねることから始まります。(もちろん、火の起こし方には一人ひとりのこだわりがあります。)
薪が燃え上がり、やがて炎が落ち着いて、黒い炭がオレンジ色に輝く「熾火(おきび)」へと変わる。それをグリルの下に丁寧に並べていきます。

Jasper Kortmannによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/19240180/
アルゼンチンで「鉄板がしっかり熱くなった」と言われるその瞬間。いよいよ、さまざまな肉を焼き始める時がやってきます。
序盤を彩る「アチュラス」と名脇役たち
最初に網にのせるのは、「Achuras(アチュラス)」。
これは内臓などの部位を総称する言葉で、腎臓や腸、チンチュリン、モジェハ(シビレ)などが並びます。
同時に、ジューシーなチョリソやモルシージャ(血のソーセージ)も、香ばしい音を立て始めます。
Lucas Gramaticaによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/37179553/
火を操る指揮官「アサドール」
どの部位を、どのタイミングで、どこに置くか。
それをすべて仕切るのが、「Asador(アサドール)」、または「Parrillero(パリージェロ)」と呼ばれる主役です。
彼は火加減に応じて炭を細かく調整し、時にはハンドルでグリルの高さを上下させながら、最高の状態を求めて肉と向き合います。
パリージェロは火のそばを離れることができませんが、その間、集まった人たちもそれぞれの大切な役割を担います。
ティエンポのアサードイベント 「Abrasame」(1999年 油山)
テーブルにカトラリーやグラスを並べ、肉に添える鮮やかなサラダを準備するのです。
レタス、トマト、玉ねぎのミックスサラダ
ほろ苦いルッコラ
ポテトと卵のサラダ
甘みを引き出した焼きパプリカ……。
その組み合わせは、家庭や集まりによって実にさまざまです。
ティエンポのアサードイベント 「Abrasame」(1999年 油山)
緩やかに高まる、至福の温度
この待つ時間、ある人はマテ茶を片手に会話を楽しみ、ある人は食前酒を傾けます。
やがて会話のボリュームが少しずつ上がり、気づけば手元の飲み物はワインやビールへと変わっている。そんな変化もアサードの醍醐味です。
ティエンポのアサードイベント 「Abrasame」(1999年 油山)
しばらくすると、パリージェロが誇らしげに、大きな声でこう告げます。
「アサードができたぞ、さあ食べよう!」
その声を合図に、遊んでいた子どもたちも一目散にテーブルへ駆け寄り、全員が席につきます。そしてアサドールが、一人ひとりの皿へ愛情を込めて料理を取り分けていくのです。
ティエンポのアサードイベント 「Abrasame」(1999年 油山)
「料理」を超えて「時間」になる
こうしてアサードは、単なる料理としてではなく、かけがえのない「時間」として完成します。
次回は、ついに「お肉」そのものについてお話ししましょう。
なぜアルゼンチンが、これほどまでに牛肉の国になったのか。
どこまでも続く草原「パンパ」という大地が、どのようにしてこの食文化を育んだのか。
「火」の次は、肉と私たちの「大地」の物語です。
次回もぜひ、僕と一緒に旅を続けましょう。
サンチョ・パンサ シェフ:パブロ









