「おまえってホント、へんなこと考えるやつだよな。でもそういうとこがおれ、すきなんだけどな。……まあいいや。フロ行こうぜ」

 いまだ腑に落ちないふうを装いながら、私は付いていった。性器が大きくたって邪魔になるだけじゃないか。二親が揃っていることのほうがいいじゃないか。心のなかでそうくり返しながら、私はうつむきがちに歩いた。

 浴室前に同じく、浴室そのものも狭かった。洗い場も、並んで立っているのがやっとである。尻を洗うためには、股を広げてしゃがまなければならない。実演して見せてやるからと、大林君が言ってきた。空の浴槽のなかに居場所を移すよう、私は求められた。

 見慣れないシャワー装置である。のちには自分も使うことになっている。いざその段になってからまごつかぬようにと考え、私は目の感度を高めた。

 噴水口は、プラスチック製らしい短い、黒い棒と、一体になっている。話しかける部分のない受話器。そんなものにも見えた。棒とホースのつなぎ目は、銀色の金属になっている。その部分が、馬のひづめのような形をした銀色の金属製のフックに、納められている。シャワー装置と壁とは、そこでのみ接合されている……

 大林君が黒い棒を掴んだ。つなぎ目がフックから引き抜かれた。ホースが、黒い蛇のようにうねりだした。そういう過程、彼の動きの一々を見逃すまいと思って視ていたことで、このシャワー装置の細々とした特徴までが、私の目にとらえられたのだ。いつしか、大林君は右手にあったものを左手に移していた。

「な。こうやって。……な。水が出てくるとこを、下にむけといて」

 私に教えるようにそう言うと、大林君はコックに右手を掛けた。数える気にもなれないほど多くの、小さな穴が空いている部分。そこから、何本もの線状の水が、まっすぐに飛び出してきた。噴水のような甘さ、緩さは見られなかった。

「な。ちょっとつめたいけど、それはがまんだ。おケツからのきたない水が、とばないように。おケツのほうをかべにむけて。……な。しゃがんで。……な。それでこうやって」

 大林君は、黒い棒を右手に戻した。逆手に、親指がホースのほうに来るように持ち替えた。下に向けたままにしている水鉄砲の束を、ゆっくりと股の下に差し入れていった。経験により、水を当てる位置がわかるのだろう。あるところで、前後の動きを停止させた。棒を手のなかで回したことが、黒いホースの歪んだ輝き、ねじれ具合にも見てとれた。その直後、彼の尻のうしろで水しぶきが上がった。

「ウヒョヒョヒョヒョッ。ち。ちめたいっ」

 彼の顔、身体の表側は浴槽、私のほうに向けられている。もともとが嬉し顔である。歯並をむき出しているぐらいで、その表情に常との大きな変化は認められない。私の目は、黒々としたホースが首を突っ込んでいる先、彼の股ぐらへと下りた。性器が、ベッドのある部屋で見た際よりも、よほど大きく見えた。黒光りしているホースとの対比によって小さく見えてあたりまえのはずなのに、である。私は目を背けた。大林君の、爽快さに浸りきっていることを露わにするような声、腹の底から唸るような声が、にわかに耳障りなものとなった。忌々しくなってきた。

「そんなことがっ。そんなにキモチいいのかよっ? おまえびょう気なんじゃないかっ?」

「お。おまえ。なにおこってんだよ?」

「べつに」

「よし。もういいや。かわってやるよ」

 大林君は、先刻とは逆の手順をたどり、水を止めた。洗い場に出るよう、私に命じた。

「ほら。これもって。おれがやったの、見てただろ? おんなじにやるんだぞ、いいな?」

 私は黒い一式、ホースの付いた棒を受け取った。大林君にならい、自分がやろうとしていることの一々をまずは言葉にしてはで、進めていった。

 水の束をうしろに持っていきすぎたようで、肝腎のところには当たらなかった。代りに、腰や背中が濡れた。それだけでも全身に震えが走った。私は一旦、噴射口を下に向けた。

「おいっ。こんなにつめたかったのかっ?」

「だいじょうぶだよ、すぐになれるから。ほら、早くもういっぺんやってみろよ」

 いまさら嫌だとは言えそうもない。言ったところで、またもやウドの大木よばわりされるだけに終るだろう。私は勇気を奮い起した。歯という歯を噛み合せた。棒を前に引いた。手のなかで反転させた。

 その瞬間、肛門が燃えた。着火されたロケット花火の映像が、脳裏には映し出されていた。膝が伸び上がり、爪先で立ちそうになっている自分に気づいたのは、それからであった。両まぶたまでを固く噛み合せ、私は動くのをこらえた。しかし、右手が身体を守ろうとした。当てるべき箇所よりも少し前に、無意識にも水の束を移動させているのだった。

 大林君の言葉どおり、水の冷たさには、私は慣れた。というより、それを凌ぐ体感が、股間に生まれているのだった。くすぐったさと似ていた。だが、そのどこかには、うっとりさせられるものも、確実に含まれている。そして、その心地よさだけが、段々に鮮やかになっていった。

 私が唸り声を発したとき、それを掻き消すほどの驚きの声が、浴室に響きわたった。

「おいおまえっ。オチンチンが立ってるぞっ」

 そんな覚えはまったくなかった。私はあわてて目を開けてみた。たしかに、眼下に張り詰めているものが見えた。その様子は、若い大人の女の裸の写真を見てうっとりした際のそれと、まったく同じなのだった。変なことに耐えているうちに身体がおかしくなってしまったのではないか。私は怖気づいた。冷たさのほうが、にわかに強く感じられるようになった。独断で水を止めに急いだ。

 気づいたときには、水の束の出元がある黒い棒をフックに戻すことまで、私はやってしまっていた。自分の狼狽ぶりが恥ずかしくなった。大林君が無言でいることが、その気持をさらに掻き立たせた。居たたまらなくなり、私は浴室から飛び出した。

 タオルのありかがわからない。水滴を帯びた身体で、他家のなかを歩くわけにもいかない。結局のところ私は、浴室前の足拭きの上で佇んでいるよりほかないのだった。

 うしろからそっと肩を掴まれた。

「わるかったよ遠藤。おこんないでくれ。きっとおケツのあなが、ビックリしちゃったんだよ。おれだって、ゲリしててオチンチン立ったことも、あったぞ」

 慰めるような口調である。

「タオルとってやる。ほら。のぞきあなの上のたなに、つんであるだろ? あぶないから、おれがとる。おまえはこっちにいろ。な」

 黙ったまま、私は身を移した。

 浴室での不可思議な体験により、暗い気分が勢いづいていた。何かにすがり付きたい思いで一杯だったからであろう。ベッドのある部屋に大林君と戻るや、私の目はお地蔵さんの写真に向けられた。当然のことながら、逆効果である。裸のまま、私はしゃがみこんだ。そういう姿勢をとることにより、泣きたい気持が消えるのを待っているしかなくなった。

 それから数分後のことである。

「アーハッハッハッ。ウワーハッハッハッ」

 突然、大林君がけたたましく笑いだした。私のことを笑っているように想われた。悔しいという気持が起り、うずくまったままで睨みつけてやった。彼は自分の鼻先を扇いだ。

「いやそうじゃないって。いいことおもいついたんだ。ちょっと来いよ。ベッドの上に」

「なんだよ?」

「いいから。とにかく来いよ」

「おれ、そんな気になれないよ」

「そんな気? ぜったいにわらえるぞ。元気になれるぞ」

「いいよ。ここでこうしてたほうがいい」

 引き起しにきた。彼のほうが力は強い。ふてくされた気持もあり、私は踏んばっているのが馬鹿らしく思えた。されるがままになってやることにした。

 ベッドの上に並んで立った。彼が女、お母さんの役をする、と言う。私に男、オオヤマの役をせよ。そう言ってきた。

「なんでだよ? ヤだよ。あんなきたならしい、おっさんのやくなんて」

「じゃあ。……まあいいや」

 そう言ったかと思うと、大林君はベッドに横たわった。

「こないだは母ちゃん、こうやってねてたろ? ……きょうはこうだぜ、きっと」

 お地蔵さんの写真、のぞき穴に、対するかっこうになっている。だが、大林君は前回のお母さんとはちがい、起き上がっていた。股を開いた状態で、ベッドに膝をついている。

「それで? なんでわらえるんだよ?」

「だからさ。おまえもここにこないと、わかんないんだよ。早くおれの下に、来てみろよ」

 拒否しても、力づくでくるように想われた。

「じゃあ。どうすればいいんだよ?」

 仰向けに、頭の天辺がお地蔵さんの写真へ向くように、寝かされた。私の股の上空に、大林君の股があった。彼の性器は、袋部分を含めたその全体が、手で引き上げられていた。

「こないだ見てて、わかったろ? ほら。このへんにあったろ? 母ちゃんのあれ」

 女の性器の卑俗な名称が、続けられた。

「人さしゆび立てて、ゲンコツにぎってみな。……そう。それを、おまえのマタにもってく。……そう。それがオオヤマのおっさんの、オチンチンてことだ。な。そうすると……」

 大林君は、親指と人差指で輪を作った。それを、突き立っている私の人差指の先にはめると、ゆっくりと引き下ろしはじめた。

「母ちゃんは、まずこうやって。オオヤマのオチンチンにサックをつけるんだ。それで。……こしをこうやって。……じぶんからじぶんのオマンコに、オチンチンをさしこませるんだ。こうすれば、あのおじぞうさんのあなから、ぜんぶ見えることになるだろ?」

 その状態であれば、覗き穴とのあいだを遮るものは何もないわけであり、たしかに一部始終が見えそうである。私はただうなずいた。

「よし。そのままおれのそこ、おしててみな」

 何か別の説明がはじめられるものと思い、問うこともせず、私はそうした。

「もっとつよくだ」

 爪が伸びている。大林君の皮膚に傷を負わせてはいけないと、私は思った。拳を右に回転させ、指の腹が当たるようにしてやった。

「おっ。いいぞいいぞ」

 面を点で、支えるかたちになっていた。そのうち、頼りないほうが震えはじめた。大林君の鼻息が、私の腹の皮膚にまで届けられるようになった。

 自分の指だけを注視していた私の目に、別の棒状のものが割り込んできた。それは、垂れ下っていたはずの、大林君の性器なのであった。横への変化、太さの変わりかたのほうが大きく、縦への変化は小さかった。その突き出し具合、伸び具合は、私のものが張り詰めた際と、さほど差がないのだった。捜し物が見つかったときのような喜びを、私は感じた。拳骨から力が抜けた。大声で笑った。

「ほらみろ。わらったじゃないか」

「おまえ。ハハ。ここおすだけで。ハハハハ。なんでこんなふうに、なるんだよ? なんだこの、サツマイモみたいなのは」

「サツマイモはないだろ。男はみんなそうみたいだぞ。さっきおケツあらってたおまえも、きっとこれと、おんなじことだったんだよ。ヨッパラってるおっさんたちのオチンチンだって、母ちゃんがここおしてやってると、そのうちググッと、そりあがってくるんだぜ」

「じゃあ。おれだけがへんなんじゃ、なかったわけだな」

「ああ。水道やの社長のおっさんは、ここおしてやっても、ダメなんだってさ。だから、立たないほうが、びょう気なんだよ」

 俄然、私は元気になれた。大林君もそれを見てとったようである。突き出したままの性器を踊らせつつ、唐突に私から離れていった。

「よし。ふくきようぜ。母ちゃんたちが来るまで……。まだ二じかんぐらいある。それまでまた、やきゅうゲームしてようぜ」

 この日は、勝ったり負けたりだった。暗い気分がすぼまっていたこともあり、私は大林君のことを「ニコニコ仮面」と呼び、テレビの野球中継の口真似をしたりしていた。

「うちましたっ。大きいっ。いや大きいっ。……しかしファウル。バッターのニコニコかめん、バットをふるのが早すぎたようです」

「ヘヘ。おまえ、きょうはちょうしいいじゃねえか。なんとかヤスジのマンガみたいに、ハナヂブーだったしさ」

 何か言い返してやろうと思い、私は頭を巡らせはじめた。だが、そのことを気取られぬよう、手は休めずにおいた。