1984年製作。私の映画鑑賞史においても特別な作品のひとつだ。10代から20代前半にかけて繰り返し見て、サントラはさらに繰り返し聴いた。今月はUNEXTがタダで見られると友人に教えてもらい、ラインナップに懐かしい映画を見つけ、数十年ぶりに見た。その間テレビで放送したり、アマプラやネトフリの配信もなかった。
 神聖ローマ帝国の首都ウイーン。かつての宮廷作曲家、ヨーロッパの音楽界において頂点に立ち、世俗的成功を収めたアントニオ・サリエリ(1750年~1825年)が「モーツァルト(1756年~1791年)を殺した」と告白して自殺を図る。未遂に終わり精神病院で牧師に事の顛末を語る。

 音楽を愛し、音楽の道で出世することを夢見ていたサリエリ少年の父親は音楽を解しなかった。方や神童モーツァルトは子供の時からローマ法王を始めとする有力者の前でその才能を披露していた。モーツァルトのようになりたい、と日々神に祈るサリエリ少年に「奇跡」が起こる。音楽の価値を認めなかった父親が急死したのだ。
 そこから人生は彼が望んだ通りの世界へ彼を連れていく。サリエリは自身の祈りが神に認められたと神に感謝し、音楽での成功以外は望まないと童貞を捧げ、禁欲的な生活を送る。その献身に対し、神はいずれ彼が神を讃えた不滅の名曲によってサリエリの名声を永遠のものとするだろう。サリエリは死後も語り継がれる作品を生み出すための努力を続けた。
 ヨーゼフ二世づきの宮廷作曲家になった彼の前に成人したモーツァルトが現れる。モーツァルトは下品で女好きの傲慢な男であったが、その才能こそまさに神より与えられた圧倒的なものだった。凡才が努力で及ぶ範囲をはるかに凌駕する、疑いようのない天才に接したサリエリは打ちのめされ、神を恨むようになる。
「なぜ神は私に才能は与えず、熱意と渇望だけを与えたのか?」
 才能の奴隷にならざるをえない天才モーツァルトは世渡り下手だった。そこに目を付けた「秀才/凡人」サリエリは、「神の子」であるモーツァルトの才能を、その音楽が世に出て不朽の名声を得るのを阻もうとする。それは今や敵と化した神への挑戦だった。それは同時に、サリエリこそがモーツァルト(神の音楽)を正しく解することのできる唯一の人物であることを意味した。モーツァルトの才能に接するたび、その完成した美に誰よりも深く感動し、同時にさらに深く嫉妬と憎悪を抱いた。

 結局サリエリは何と闘っていたのか? 当然神ではない。神とは彼が思い描いた通りの存在であったろうか? サリエリは自分の内に描いた何かと常に闘い、捕らえられていた。彼がそれから解放される日は来ただろうか? 凡庸は不幸で天才は幸福か? サリエリはなぜ無神論者にはならなかったのか?
 好きなシーンはいくつかあるが、最も感動的で緊張感があるのはラスト近く、ひどく健康を害し、妻にも去られたモーツァルトがレクイエムを仕上げるのをサリエリが手伝うシーンだ。サリエリは「真の神の音楽」が出現する瞬間に立ち会う。サリエリは我を忘れてその音楽の誕生に埋没する。

 オーラスのサリエリがピアノ協奏曲20番に合わせて独白するシーンもよい。物語の冒頭「ほっておいてくれ」と牧師に言い放つたサリエリだが、語り終えたその姿は晴れ晴れとして笑みを浮かべている。長らくサリエリが求めていた瞬間はこれだったのではないか。「告白」。自分の物語を外界に吐き出し、完成させることだ。彼の物語には「神」は必須だった。告白相手が牧師であることは適当ではない。
 モーツァルト役のトム・ハルスも素晴らしいが、なんといってもF・マーリー・エイブラハムに尽きる。特にレクイエムを仕上げようとするときの演技が絶妙だ。

※名優エイブラハムが出ている↓これも好きな映画。


※「告白」を奪われた男の破滅を描いた小説