「海外に住めば、その国の言語は自然に話せるようになる」
留学前の私は、なんとなくそう思っていました。
でも実際に海外で生活してみると、必ずしもそうではないことを知りました。
そして同時に、「母国語によって、海外で受けられる支援には大きな差がある」という現実にも気づいたのです。
今回は、アメリカ留学やヨーロッパ生活、そしてカナダで暮らす中で感じた「言語と移民」のリアルについて書いてみます。
海外に住んでも、その国の言語が話せるようになるとは限らない
私は高校時代、アメリカの高校に1年間留学していました。
その時に驚いたのが、同じ留学生や移民の子どもたちの中に、英語で自己紹介すらできない子が少なくなかったことです。
特に南米から来ていた子たちの中には、アメリカに住んでいても英語をほとんど話せない子もいました。
当時の私は、
「海外に来る=その国の言語を勉強している人」
というイメージを持っていたので、とても衝撃を受けました。
母国語コミュニティの中だけで生活が完結することもある
その後、ヨーロッパで生活していた時、現地語を学ぶための言語教室に通ったことがあります。
そこでも、かなり驚くことがありました。
なんと、その国に10年以上住んでいるのに、
- 現地語が話せない
- 英語も話せない
- 母国語しか使わない
という人が珍しくなかったのです。
「何年住んでいるんですか?」と聞くと、
「13年」
という答えが返ってくることもありました。
最初は「どうして?」と思いました。
でも話を聞いていくと、理由はとてもシンプルでした。
移民コミュニティが強いと、現地語なしでも生活できる
移民が多い国では、同じ国出身の人たちによるコミュニティが非常に強いことがあります。
例えば、
- 母国語で仕事を探せる
- 母国語で病院に行ける
- 母国語で行政サービスを受けられる
- 母国語で生活情報が手に入る
という環境が整っているケースもあります。
つまり、極端に言えば「現地語ができなくても生活できる」のです。
もちろん、これは移民を支える大切な仕組みでもあります。
慣れない国で暮らす人にとって、母国語で助けを受けられることは本当に大きな安心につながります。
カナダで感じた「日本語がない」という現実
現在カナダで生活する中でも、多言語での支援サービスをよく目にします。
住居支援、仕事探し、福祉サービスなど、多くの情報がさまざまな言語で提供されています。
例えば、
- 中国語
- スペイン語
- アラビア語
- パンジャブ語
- タガログ語
などです。
でも、そこに日本語はほとんどありません。
英語ができれば問題ありません。
でも逆に言えば、英語ができない日本人は、支援から取り残されやすいのです。
「英語ができる前提」の日本人移民
日本人は海外で、
「教育水準が高い」
「英語がある程度できる」
と思われることがあります。
そのため、移民向け支援の対象として見られにくいこともあります。
でも実際には、
- 英語が苦手な人
- 海外生活に不安を抱える人
- 孤立している人
もたくさんいます。
一方で、日本語しか話せない場合でも、日本語での支援は少ない。
つまり、
- 英語ができない → 支援を受けにくい
- 英語ができる → 「助けが必要な移民」と見なされにくい
という、少し特殊な立場になりやすいのです。
日本人コミュニティは「生活サバイバル情報」が少ないと感じた
海外の移民コミュニティでは、住宅や仕事、行政手続きなど、“生活に直結する情報”が母国語コミュニティの中で活発に共有されていることがあります。
実際、移民として生活基盤を築く必要がある人が多いため、
- 住宅探し
- ビザ
- 税金
- 仕事
- 運転免許
- 福祉制度
などの情報は、生きていくための重要な知識です。
一方で、日本人コミュニティは少し独特だと感じることがあります。
もちろん人によりますが、海外で暮らす日本人は、
- 駐在
- 留学
- 国際結婚
- 専門職
など、比較的最初から安定した立場で海外生活を始めるケースも多い印象があります。
そのためか、日本人コミュニティの中では、“生きるためのサバイバル情報”がそこまで濃く共有されていないと感じることがありました。
カナダの免許切り替えで感じた、日本人コミュニティの限界
実際、私自身もヨーロッパ滞在中に日本の免許証の期限が切れてしまい、その後日本で更新したことで、免許取得日が新しくなってしまったことがあります。
その結果、カナダで免許を切り替える際、「初心者免許」のような扱いになってしまいました。
「これをなんとか本免許扱いにできないか」と日本人コミュニティで相談したこともありました。
でも返ってきたのは、
「日本の免許証はカナダの免許に切り替えできるよ」
という、少し的外れな回答でした。
もちろん悪気があるわけではありません。
ただ、その時に私は、
「ああ、日本人コミュニティには、制度の隙間をどう生き抜くかという“移民の生活知”があまり蓄積されていないのかもしれない」
と感じたのを覚えています。
「母国ガチャ」を感じた瞬間
海外で生活していると、母国語の影響力を強く感じることがあります。
世界中に大きなコミュニティを持つ言語は、海外でも支援を受けやすい。
でも、日本語は世界的には少数言語です。
もちろん、日本のパスポートや信用力には大きな強みがあります。
それでも、「海外で少数言語話者として生きる」という視点では、日本人は決して強い立場ではないと感じることがあります。
私はその時、「母国ガチャ」という言葉が頭に浮かびました。
海外生活で本当に大切なのは「言語を学ぶ姿勢」
ただ一方で、やはり現地語を学ぶ姿勢はとても大切だと思っています。
言語は単なる会話の道具ではなく、
- 社会とのつながり
- 情報へのアクセス
- 自立
- 人間関係
そのすべてに関わってくるからです。
海外に住めば自然に言語が身につくわけではありません。
どんな環境で、誰と関わり、どれだけ現地社会に入っていくか。
それによって、言語習得も海外生活の質も大きく変わるのだと感じています。
まとめ|海外生活は「言語格差」を実感することがある
海外生活は、新しい価値観に出会える一方で、「言語による格差」を実感する場面もあります。
特に日本人は、
- 日本語話者の少なさ
- 日本語支援の少なさ
- 「英語ができる前提」
によって、独特の難しさを抱えることもあります。
だからこそ、「海外に住めばなんとかなる」と軽く考えるのではなく、言語を学ぶ姿勢や、現地社会に入っていく意識はとても大切なのかもしれません。
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