2000年2月4日にオウム真理教はアレフと名前を変えた。
この時点でのアレフの代表はウッタマー正悟師こと村岡達子だが、2002年1月29日にマイトレーヤ正大師こと上祐史浩に代わる。
そして2007年5月7日に上祐史浩は新団体ひかりの輪を設立しアレフから分裂する
ひかりの輪の出発点が上祐なのは間違いないと思うが、ではどうして上祐は分裂しなければならなかったのか。
ここに滝本太郎弁護士が2007年3月18日にブログに出した興味深い資料がある。
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オウム集団幹部らの2000年1月16日頃の会議内容
ー上祐提案の改革案
出席者:上祐史浩、村岡達子、野田成人、杉浦実、岡田弘幸
1 「宗教団体アレフ」にする。
・組織の性格は、教団を拡大して尊師の死刑を止める。
・そして再開を可能にする。
・表向き、教祖や子どもなど麻原家を、外す。
2 新たな布教活動として
・「21世紀サイバー教団」として、インターネットで布教活動をする。
・「アクエリアス教団」として、科学と宗教が合致した超人を育成する。
・「ホワイトフリーメーソン」として、オウム色を出さずに救済活動をする。企業活動の基盤をつくる。
・ グローバル教団になるべく、イギリス・ロシアで、インターネットを活用して、布教、経済活動をする。
3声明では、麻原尊師の指示、関与を認める。
・謝罪し、被害補償活動を行う。
・被害者を「守護者」と呼ぶ。
・発表することで、マスコミを味方につける。
4 観察処分について。
・立入り検査を逆利用して、危険性なしのアッピールをする。
・職権濫用の告訴、国家賠償請求の前提として、証拠の保全に努める。
・大日本帝国に似ているとして、国民を味方につける。
5 立入り検査に対する「対策マニュアル」
・法務部名で出す。
・訴訟、懲戒免職を求めるために、氏名・役職を確認し、写真を撮る。
・問題がないものはある程度見せるが、焦らしながら見せること。
・金庫や机は、鍵をかける。自分の机じゃないという。パソコンは、立ち上げを求められても、自分のパソコンじゃないのでバスワードを知らないという。
・人の調査に対しては、立入り検査は設備や帳簿の調査が対象でしょう、という
・個人的に使用している者、団体に無関係などと対応する。
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マスコミで言われている新団体の理由は大きくはこの2点であろう。
・上祐教にしようとして失敗したから
・観察処分を外すため
この資料をそのまま事実としてよいかはわからないが、少なくとも麻原隠し、あるいは麻原外しは行われている。
立ち入り検査を妨害したとして逮捕者も出ている。
そういう意味ではこの改革を進めて観察処分を外そうとしたというのはあったと思う。
この改革を進めたことで尊師を外すとは何事かとか、サリン事件は正しかったとか、ガチガチの信者たちの反発が高まったのであろう。
上祐本人は事件を反省、新しい団体をと言っているが本心であろうか。
本心かはともかく問題はアレフ内部から分裂という形で新団体を立ち上げた点であろう。
オウム上祐派がひかりの輪になったのは本人たちも認めている。
出発点がオウム上祐派ではどこまで行ってもオウムと同じと言われても仕方がないと思う。
理科の話になるが「初期値鋭敏性」という言葉もある。
最初の状態がほんの少し違うだけで将来非常に大きな違いを生むのである。
アレフ、山田らの集団については書く必要はないと思われる。
よって次回はひかりの輪について詳しく掘り下げていきたい。
