迷わない生き方・決断できる方法

迷ったときに決断できる方法、正しい選択、後悔しない生き方ができるよう解説します。


■ 豊かさを実現する「器量・品格・察する技術」コミュニケーション講座

→「タイプ別思いやり方」レッスン

 人間はひとくくりにはできません。タイプ別に伝わる信頼関係の築き方をレッスンいたします。

→「悪気ない」「知らない」では許されないソーシャルスキルトレーニング

 学校で学びたかった! 親も知らない! あなたが大切にされるコミュニケーション。


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s r a m a n a @ y m o b i l e . n e . j p

  • 06Jun
    • ブログの方針を変更いたします

      当サイト「迷わない生き方・決断できる方法」は、私の店「アメージュ」のワークショップで蓄積されたデータをもとに、コミュニケーションについて一石を投じる新たな視点を、書籍化も見据えたうえで試験的に投稿しておりましたが、記事内容の深さから著作権保護の必要性を感じ、更新が滞っておりました。このたび、書籍出版によって著作権保護の目処が立ちましたので、「アメージュ」の「ワークショップ『さとりレッスン』」に関する情報発信サイト「さとりレッスン」と統合する方向で方針転換し、「さとり」から「日常に生かせる知恵」を引き出し生きるヒントにするテーマのサイト運営および書籍化といたします。これをもって山中聡和のライフワークとし、幼少のころから仏教徒として生き、心理学にかかわるワークショップの仕事を通じてキャリアを積み、医療機関における知能検査で高IQと判明したことなどのすべてが結実したものといえます。生きることが苦しい人、生きることに疑問をもつ人、生きることに意味を見出したい人は、なにを受け入れるべきかを知って生きることも死ぬことも悩まなくなれば、それがさとりであるとご理解いただけるでしょう。そのヒントとなれるよう尽力いたします。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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  • 05Jun
    • 私がお手伝いした本で第2巻が出版予定

      2018年6月26日(火)、私がお手伝いした本で第2巻が出版されます!笑える~こわい話 第2巻 - 予言された奇跡/巻山 紗依¥1,500Amazon.co.jpまだ発売日前ですので、予約できます。購入すると、発売日に届くそうです。詳しくは巻山紗依のブログ「笑える~こわい話」をご覧ください。

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  • 22Apr
    • 本の出版を手伝いました

      2018年4月29日(日)、私がお手伝いした本が出版されます!笑える~こわい話 第1巻: 3歳なのに霊能者 (∞books(ムゲンブックス) - デザインエ.../デザインエッグ社¥1,500Amazon.co.jpまだ発売日前ですので、予約できます。購入すると、発売日に届くそうです。詳しくは巻山紗依のブログ「笑える~こわい話」をご覧ください。

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  • 31Oct
    • 何をもって幸せな結婚、信頼関係がある友情、信頼される人材になれる社交性と呼ぶのか

      ついに本題に入る日が来た。今日は番外編第3回だが、本編でもあるので、タイトルにはあえて番外編とは書かなかった。今日の内容は、ビジネスにも結婚にも友情にもかかわる重大な問題である。あなたは「相手の態度」をもって、その人を信頼できるかどうかを決めてはならない。また、「自分の態度」をもって、信頼してもらおうと思ってはならない。ここでの「態度」とは、「言動」「表情」「姿勢」も含まれる。本来、信頼関係とは「必ず約束を守る」といった、規範を基にした判断が多い。そのため、仕事における金融投資や契約等の法令では、「約束を守れたかどうか」で簡単に信頼されることができる。しかし、政治や友情、家庭などでは必ずしも「約束を守れたかどうか」では判断されない。なぜなら、人間は必ず過ちを犯すからである。完璧な人間などいないし、過ちを犯しながらも、関係を維持する努力が続けられる。従って、そのためには何が重要かがちがう。これが何かあなたにはわかるだろうか。この点を理解していない者は多い。実際、約束を破った場面で、許されるかどうかの基準は「反省しているかどうか」が問われる。素直に謝罪するかどうかや、謝罪のために負う弁償などの責務の約束、誠実さなどが問われるのだ。反省していると認められれば無事に赦免され、責務の約束があれば履行が監視されることになる。むずかしく書いてしまったので、例え話をしよう。遅刻常習犯が、ある日の遅刻のせいで、重要な契約を破棄される事態となったとしよう。この場合、厳罰に処せられ解雇もありうるが、厳重注意や始末書の提出などの処分が挙げられる。もちろん、上司や契約先に頭を下げて謝罪し、今後、同じようなことがないよう約束することになるだろう。処分を踏まえた上で無事に許されたら、また元の遅刻常習犯に戻っていいかというとそのようなことはあり得ない。つまり、「今後、二度と遅刻しないかどうか」が責務の約束となり、それができなければ反省は嘘だったと確定し、許されたことはなかったことになる。ここで重要なのは「反省しているかどうか」ではないということだ。これを勘違いして、反省上手になっている者は意外に多い。さらにいえば、Aさんが同じことをしても簡単に許されるのに、Bさんが同じことをすると、簡単に許されないという事態も珍しくないケースである。政治や友情、家庭などでは、何が信頼関係に重要なのだろうか。このブログで書いた「得意分野における一貫性」も重要である。それは信頼関係には貢献するが、社交性は別のものである。信頼関係に貢献する、本当の社交性とは何か。それは「相手の身になって考えて取り計らうこと」である。これを一言でいうと「斟酌(しんしゃく)」となる。「斟酌」は時代とともに大きく意味が変化した語らしく、辞典によっては用例に差があるようだ。斟酌を1回や2回やったくらいでは信頼関係には貢献しない。反省がその後も継続があって初めて認められるように、斟酌も継続されているならば、その人間の社交性は秀でているといえる。ここまでなら、一般的なコミュニケーション・マニュアルやビジネス書、自己啓発書、社会心理学などで学べるだろう。このブログではさらに一歩進んだ先を教えよう。斟酌ができる人間は元々できる人間であり、斟酌ができていない人間は元々できない人間であるという真実がある。そして、人生のなかでとんでもない苦難に直面し乗り越えたとき、斟酌できていない人間が、ある程度、斟酌できる人間になることがある。そのことから、みずから苦労することを推奨する価値観が生まれた。平均寿命が低い時代、斟酌できる人間が多い年齢層は尊敬された。平均寿命が延びた現代では、苦労がなくとも生きられるため、斟酌できないまま老人になるケースが増えた。昔もいたが、比率が変わった。斟酌できる人間はもちろんのこと、斟酌できなかった人間が苦労を乗り越え斟酌できるようになった場合、他者が斟酌している前提で判断と行動ができるようになる。すると、人の斟酌がわかるのである。斟酌できる人間は元々そうだったが、斟酌できるようになった人間は、人の斟酌がわかるようになったとき、心の中にある革命が起きる。「斟酌し合う関係こそ、本当のコミュニケーションである」と知る。「人が斟酌してもなお、どう対応したらいいか困るような接し方は、自分の恥」だと知る。次回から、この斟酌について具体例を書こう。わかりづらいと思う者が多いことだろう。しかし、これを理解できたとき、あなたは本物の社交性を身につけ、人生は大きく変わることだろう。

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  • 11Oct
    • 「社交性」番外編「意中の人に好意をもってもらう方法」第2回「接し方で落ちる相手に要注意」

      2017年10月6日に「いいね」が20に達したので、続きを書く。前回、面識がない相手あるいは会ったことがあるのになかなか面識がある関係になれない相手は除外する理由を書いた。運命の相手であればとんとん拍子で進展するし、だからこそ運命の相手といえるのだから当然といえば当然だ。この時点では社交性の問題ではない。次にもうひとつ、社交性とは関係がない恋の始まり方についても述べておかなければならない。すぐに恋が始まる人や、いつも誰か恋人がいる人は、必ずしもその人の社交性が優れているからではない。それは外見がよかったり、愛嬌があったりするからだと一般に思われている。しかし、統計では女性の外見と婚姻率に相関がないことがわかっている。モテるからといって幸せな結婚ができるかというとそうではないのだ。未婚のままか、結婚後離婚してしまう確率は変わらないという。男性の外見は婚姻率と相関がハッキリとあるそうだ。美醜の問題もあるが、清潔感も美の基準に含まれる。女性は男性を外見で選ぶことが多いという。生物学的に解説したいところだが、ここでは割愛しよう。すべての人がそうだとはいわないが統計的には、外見で選ばない男性と、外見で選ぶ女性が出会い恋をする。外見は清潔感を保ちながら似合うオシャレをすることになるが、それ以上の成果を見込みたいなら整形するほかはない。ここで申し上げたいのは、モテる人はみな社交性があるからだというのはちがうということだ。むしろ、社交性がある者ほど、交際や結婚には慎重になるものである。少々じゃれたり、かまったり、肩や腕に触れたり、笑顔で話しかけたり、見つめたりするくらいでは恋愛には発展しない。話上手でも、気配りが利いていても、親切でも、頼りがいがあっても、楽しくても、恋愛には発展しない。多くの人が社交性だと思い込んでいる、話がおもしろい人やノリがいい人、気配りが利いている人は、確かに恋愛経験が豊富かもしれないし、素敵な相手と結婚しているように見える。しかし、先ほどの統計にあるとおり、恋愛経験の豊富さやモテているかどうかは幸せな結婚とはまったく無関係だ。それでは何をもって幸せな結婚、信頼関係がある家族、信頼される人材になれる社交性と呼ぶのだろうか。あなたにはわかるだろうか。おっと危ない。ここで本題に入るわけにはいかない。今日はその反対である。じゃれたり、かまったり、肩や腕に触れたり、笑顔で話しかけたり、見つめたり、話上手でおもしろかったり、気配りが利いていたり、頼りがいがあったりした人にすぐに惚れてしまう人間に要注意ということである。これが本題の前に伝えたい大切なことなのだ。すぐに惚れてしまうのは恋愛経験が少ないからとは限らない。恋愛経験が豊富な人間であっても、意外にこの理由で落ちやすい。そして、この落とし方こそ社交性だと世間では誤解されている。さて、なぜこの落とし方で落ちた相手は要注意なのか。それは簡単に説明できる。それまで気に留めていなかった相手の、好意があるかのような態度にすぐ心が動かされている人間は、ただ愛情に飢えているか、性的欲求を満たしたいか、モテる自分だという承認欲求を満たしたいだけなのである。「ちょっと待って! そもそも恋愛って、愛情に飢えている者同士が愛し合うものではないの?」と疑問に思った方も多いことだろう。性的欲求は本能だから仕方ないとしても、寂しくて人肌が恋しい、愛情に飢えている人がなぜ要注意なのか。それは愛ではないからだ。失恋したばかりの人を狙う結婚詐欺師もいるほどである。相手の弱点を見抜いてそこを突いてくるという方法は卑劣な行為であり、寂くて選んだ相手というのは、相性がよくて選んだ相手とは次元がちがう話なのである。先ほどの落とし方で簡単には落ちない相手と信頼関係を作られるかどうかが、本当の社交性といえる。それが「意中の人に好意をもってもらう方法」としての究極で、唯一の方法なのである。次回、ついに本題に入る。

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  • 18Sep
    • 「社交性」番外編「意中の人に好意をもってもらう方法」第1回「一目惚れの相手」

      2017年9月14日に「いいね」が20に達したので続きを書く。ここでは「面識がない人」は除外する。片方だけが相手の顔を知っていても、面識があるとはいわない。逆に「面識がある人」とは、名前を覚えていなくてもかまわない。近所・通学・通勤・学校・勤め先などでよく見かけており、記憶が残っていて、あいさつなどで会話したことがあれば面識があるといえる。いわゆる、別の場所で会った際に、お互いにどこで会ったか思い出せる関係であることが求められる。「ちょっと待って! 一目惚れの人と結ばれたい場合については教えてくれないの?」という声が聞こえてきそうだ。実際、一目惚れがきっかけで結婚した夫婦のほうが離婚率が低いという統計もある。その点を鑑み一目惚れの場合について少しふれておこう。体験したことがない方のために一応解説すると、一目惚れとは脳内で0.2秒という短時間で発生する現象である。まさに「ひと目、見ただけで惚れた」という状態だ。もし、あなたが「会話したことがない人」に一目惚れしてしまった場合、次にするべきことは面識がある関係にならなければならない。面識がないままに、どうにかしようとしたところで、それはただの犯罪である。(現行法の詳細は割愛する)あいさつや落とし物を拾ってあげるなどの会話やコミュニケーションがあれば、顔を覚えてもらえる確率が上がる。まずは顔を覚えてもらわないことには、「面識がある人」とはならない。目の前でタイミングよく落とし物をしてくれれば、「落としましたよ」と声をかけやすいだろうが、面識がないのにいきなりあいさつするというのはなかなか勇気がいるものだ。田舎で無人駅にふたりしかいないなら「おはようございます」くらいは声をかけやすいが、都会の雑踏の中でひとりにだけあいさつをすることは明らかに不自然ではある。苦肉の策としては、わざと目の前で自分が落とし物をするという方法がある。相手が気づいてくれれば拾ってくれるかもしれない。そのときにできる限り印象が残るようにお礼をしてコミュニケーションを図れば、無事「面識がある人」となれる。お礼を口実に連絡先を交換できるかもしれない。「ありがとうございます」とだけ言うのが精一杯で受けとったらすぐに相手が通り過ぎてしまうと、顔は覚えてもらえず「面識がある人」とはなれないだろう。このあたりでハッキリと申し上げよう。一目惚れでも、面識がある関係になれなければ、その相手は「結婚する運命の人」ではない。もし「結婚する運命の人」であれば、一目惚れだけでなく、勝手に面識がある関係になる。なにしろ一目惚れとは、0.2秒で脳が選ぶ相手である。すでに運命的とはいいたいところだが、人生にたったひとりということではなく、統計や実験で「脳が0.2秒で決める相手とは離婚率が低い」というだけのことであって、離婚しないわけではない。一目惚れして、なおかつ、面識がある関係であれば、「離婚しない運命の結婚相手」である可能性が高いということだ。面識がある関係になれるかどうか試す価値はあるが、簡単になれなければ「運命の人ではない」という結論でまちがいない。したがって「面識がない人は除外する」とは、「面識がある関係になろうとしてもなかなかなれなかった一目惚れの相手」も含まれるのだ。「意中の人に好意をもってもらう方法」とは、「面識があるのに、なかなか恋愛に発展しない相手を落とす方法」といえる。同じ学校、同じ職場、同じ業界、遊び仲間、友人の友人、馴染みの店の店員、職場の顧客など、恋愛に発展してもいいのに、なかなか発展しない、自分を恋愛対象に見てくれない相手に好意をもってもらう方法である。次回、本題に入ろう。テーマがテーマだけに、何回かに分けることにした。あなたが惚れた相手に好意をもってもらう方法は、実はたったひとつなのである。

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  • 01Sep
    • 「社交性」番外編「友人と恋人の境い目」

      2017年8月13日には「いいね」は20に達したが、仕事が多忙であったことと、一言で「社交性」といっても広範囲な意味を含むので、どのあたりから取り組むかゆっくり考える時間がなかった。このまま何も書かないのは申し訳ないと思い、今日は番外編として「友人と恋人の境い目」について解き明かそうと思う。7月にワークショップを開いた際、参加者に「恋の始め方は?」「意中の相手と結ばれるために何をする?」と問いかけたところ、誰も答えられなかった。独身も既婚者もいる30代から50代という、じゅうぶんに大人であったにもかかわらずである。既婚者の方にはもちろん過去の体験や方法を聞いた。経験的にはこれだともっとも多かった方法は「じゃれる」「かまう」「声をかける」「かかわろうとする」であった。それはたいへん危険な行為である。もし相手にとって迷惑であった場合、いわゆる相手からの好意がまったくなかった場合、「嫌がらせ」または「ストーカー行為」と誤解されかねない。「タイプではない男性からされたら嫌でしょう?」と問いかけると、案の定、嫌だと言う。自分がされたら嫌なことを、自分がそのつもりもなくしたときに、相手にもしかしたら嫌だと思われているかもしれないという発想がないのだ。あまりにも根本的な問題に、当日のワークショップの時間内では解説が不可能であると判断し、答えは示さずに終了させた。とはいえ、乗りかかった船である。せめて「好意」だけでも掘り下げることにした。結局、彼女らは「好意を示せば、相手に伝わり、交際に発展できる」といいたいのは私もわかっている。そこで「あなたにまったく好意をもっていない男性に、好意を示したところで、もし相手が振り向いてくれなかったら、相手から好意をもってもらうためのあなたの努力はどんなことをするか」を聞いた。誰も答えられない。埒が明かないので、反対の立場を想像してもらうことにした。「あなたが好意をもっていない男性から、好意をもたれてしまって、あなたにあれこれとかかわろうとしてきたら、あなたは好意をもつか?」と問いかけた。すると「相手による」という答えが返ってきた。完全に「かかわろうとする」=「好意」という勘ちがいからくる、好かれる努力をしない者同士の「努力皆無の恋」である。相思相愛は運命で、突然始まると思っているようだ。それでは別れは突然くるし、結婚は勢いでしかできないし、愛してくれないから冷めるというのも当然といわざるをえない。ワークショップで答えられる人が皆無ということは、これが世間一般の現実かもしれない。ワークショップは別の話題に切り替え、瞬間的に瞑想を深めるテクニックをチャレンジして終えた。後日、気になる事例があった。ある男性Aと女性Bが友人関係で、レンタカーを借りて買い物に行くことになった。そこへ、女性Cもいっしょにどうかという話になった。女性Cは男性Aと女性Bが友人関係であることを知っている。そのため、レンタカー代は3名で割り勘ということになった。女性Cは不可思議なことを言っていた。「女性Bにどう接したらいいかわからない。お邪魔ではないだろうか」と。女性Cは女性Bに何度も謝った。男性Aは「女性Cが女性Bに謝る必要はないし、意味がわからない」と問い質したが、女性Cは一向にその態度を改めない。予定どおりレンタカーで女性Bと女性Cが望む店へ買い物に行った。男性Aは思ったほど買い物しなかったが、家具店や格安スーパーを巡り、3名ともそれぞれの意思で欲しいものを買った。ついに最後まで、女性Cが女性Bを名指しで謝るが、1日中運転し、思いのほか買い物したいものが見つからず、ひとり空回り感があった男性Aは女性Bからは感謝されても、女性Cからは感謝の言葉をかけられることがなかった。男性Aは女性Bや女性Cと恋愛関係になりたいわけではない。しかし、女性Cは女性Bには謝り、男性Aには謝罪も感謝もしなかった。男性Aと女性Bのふたりに向かって「今日はありがとうございました」という言葉はあったが、男性Aに対する個別の扱いは一切なかったのだ。このケースの理解について、どうやら人間は2種類にわけられるようだ。異性の親切と同性の親切をわけて対応するタイプと、わけずに対等に扱うタイプである。わけて対応するタイプは、いわゆる「異性の前では態度が変わるタイプ」として、同性から嫌われる傾向がある。わけずに対等に扱うタイプは、同性からはたいへん好かれるが、異性に対しても親切なため、好意があると誤解されやすい。どちらがよいかは一目瞭然だが、わけて対応するタイプは、わけて対応している自覚がないか、あるいは、タイプではない異性であっても好意をもってもらえるならその恩恵に与ろうという打算がある。もちろん、タイプではなかった異性であったのに、あとで好意をもてるようになることはある。それはもっと打算的だというべきだろう。恩恵に与れば与るほど好意をもってしまうのだから、それは好意とはいえず、スポンサーやパトロンとしての愛着や期待である。わけて対応するタイプがもっとも嫌われる理由は、実はほかにある。わけずに平等に扱うタイプが、恋愛感情をもたずに純粋な親切心で接している場合、「異性だから親切にしている」とか「好意があるから親切にしている」と思われていると知ると「下心があって親切にしている」と思われていたという不快感がある。それを医師に例えるなら「女性は診察するが、男性は診察しない」という男性医師がいたら社会問題になるだろう。それと同類に思われている不快感をいだき、相手の態度によっては怒りすら覚えるだろう。これを一言で表すなら「異性としての好意をもっていない人からの親切を、異性としての好意として扱うと、あなたは最低の人間だとされて信用を失う」ということである。反対に、「異性として好意をもってくれている人に対し、自分は好意をもっておらず、好意をもつ可能性がまったくない場合は、その好意に甘えてはいけない」ともいえる。「好きでもないのにおごってくれるならお食事をともにする」というのは、相手の怒りを買う可能性があるということだ。現在すでに好意をもっているか、将来、好意をもつ可能性があるなら、お見合い的接し方はいいだろう。しかし、友情としての接し方のみを望み、それ以上の関係を望まない場合はハッキリと相手に伝え、それでもそれ以上の関係を求めてくる場合は、ハッキリと断ることも誠意であり、信頼関係を築けるか否かの判断に欠かせないものである。次回は、今回の続きとして「意中の人に好意をもってもらう方法」を書く。※ 恋愛関係と友人関係のちがいを書いているので、LGBTの方でも文中の性別を問題にせず、立場で当てはめて考えると参考になるだろう。LGBTの方は適宜言葉を差し替えて読み取ってほしい。

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  • 25Jul
    • みんな知らずにやっている絶望的なアピール

      「いいね」が20に達したので、続きを書く。ペースはあまり変わらないようだ。前回、一生懸命やっている姿を見せることはよろしくないと書いた。「そんなことはない」と信じない者は多いことだろう。それでは、一般的に「よいアピール」と思われている方法がなぜよくないのかを説明しよう。例えば、面接試験を考えてみよう。面接官は面接に来た者のやる気を見ようとする。当然、面接に来た者はやる気があることを見せたいものである。まだ一度も働いたことがないのに、会ってから数分でやる気があるかどうかをアピールしなければならない。面接に来た者がよく使うアピールの仕方は次のようなものだろうか。 従属的で命令に逆らわないことをアピール 情熱があり、ハキハキとして元気で前向きであることをアピール 社交的あるいはリーダーシップがあることなどをアピール 目標や事情を語り、学ぶためや貯金のため、支払いのためにがんばる動機をアピール 学歴や職歴から経験があることをアピール 趣味から仕事に役立つ技術があることをアピールこれらは一般的で、誰もがもっとも自分に合ったアピールの仕方をすることだろう。これらのなかで特に1.と2.が多い。実際のところ、初めての就職なり転職なりで訪れる企業は、今まで体験したことがない業種であるものだ。夢をもって臨むような就職者はまれだから4.の目標は急ごしらえだと簡単に見透かされてしまう。事情はうっかりすると訳ありと思われてしまうリスクがある。または、いつか辞めてしまう人材だと誤解されて正規雇用されなかったり、正規雇用されてもリストラの対象となったりするだろう。どちらにしても、リスクがあるために本当の目標があるか、同情を買う事情がなければ4.は選択肢に入らないだろう。5.と6.の学歴・職歴・趣味はそぐわない業種への就職・転職なら履歴書には書いても触れないほうがよい。結局のところ、1.か2.か3.がよいということになる。ではなぜ1.と2.が多いといいながら、私はわざわざ2.と3.を区別するのか。あなたには2.と3.のちがいがわかるだろうか。一般的には2.のような振る舞いが社交的で行動力があると思われている。リーダーシップがあるかどうかを面接の数分で判断することはむずかしいため、その行動力でリーダーシップがあるかもしれないと推し量ることも暗黙の了解となっている。しかし、本来の社交性とは2.のようなものではなく、リーダーシップもアピールする方法が明確にあるのである。ハッキリいおう。社交性とは「情熱などで一生懸命のように見せなくても、なおかつハキハキしなくても、違和感なく会話できる自然さ」をもっていることである。社交的な人は必ずしもおしゃべりではないし、おもしろい人だというわけでもない。物静かでも暗くなく、無理のない、少々のことは受け止めてくれる安心感を放つ人をいう。もちろん、和ませる冗談を言える人は好印象だが、冗談だけで乗り切ろうとする人間は社交性がないから冗談でごまかしていると考えるべきだ。リーダーシップのアピールの仕方は、単純に学級委員長や生徒会長、部活の部長、サークルの運営、社会貢献団体の代表などを経験していれば、その苦労話や成功話を披露するだけで可能だ。特にトラブル解決の体験談はあなたの評価を大きく高めるだろう。さあ、先ほどの1.と2.に立ち返ってみよう。 従属的で命令に逆らわないことをアピール 情熱があり、ハキハキとして元気で前向きであることをアピールこれらは社交性もリーダーシップもなんら証明しない。しかし、一般的な考え方であることから、面接官もこれらを高く評価する。そのため、面接に来た者も1.か2.で乗り切ろうとする。前回、書いたように上司も部下も正当に評価する目をもっていない。そのため、「いいなりになってくれるかどうか」で人を見る上司は1.を重要視し、部下の能力を正当に評価する意思もつもりもない。2.は一般的にやる気があると解釈されているために、上司も期待し、採用された部下もそのとおりがんばるが、社交性もリーダーシップも別問題であるために、ほぼ期待どおりにはならない。採用された部下も全力投球すればわかってくれるとかんちがいしているから、ますます衝突が激しくなる。採用した側も、採用された側も、正当な評価ができないための悲劇である。結局、社交性とはなにかがわかっている者が、社交性がある者を採用し、うまくいく企業を作っている。アピールする方法は、勤めてからの信頼関係を作れる「一貫性」以外では、採用試験や顧客対応で役立つ「社交性」しかないのである。えっ? 社交性は性格じゃないかって?それはちがう。社交性は、性格が明るいか暗いかは関係なく、コミュニケーションの問題である。実際、学生時代は暗かったクラスメイトが、大人になって再会したら明るくなっていたということが多い。目立たなかった人が有名人になっていたり、実業家になっていたりするのだ。次回は、その有効な「社交性」について、書くことにしよう。

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      テーマ:
  • 04Jul
    • 効率的なアピール

      今日、「いいね」が20に達したので、記事を公開する。人は第一印象で決まるという。しかし、実際には見た目とのギャップで印象に残るというのもある。こわもての人がやさしいと強烈なインパクトとなりいっそうやさしく見えるし、やさしそうな人がきついことを言うと、二面性があるおそろしい人だと思われてしまう。安請け合いしてフットワークが軽いと、なんでもする人だと思われて、簡単に頼まれるようになり、結果的になめられてしまったり、なめられたくなくてお高くとまっていると、生意気だとかやる気がないとか思われてしまう。結局、世渡り上手の人が高く評価されていて、がんばっている度合いに比例した評価は受けられない。これは仕方がないのだろうか。世渡り上手な人は陰で何かずるいことをしているのだろうか。それとも、外見ですべてが決まり、美男美女が得をしているのだろうか。実は、人は誰もが何も理解していないのである。正当な評価を受けたくても、誰も正当な評価をすることはできない。「そんなバカな!」という声が聞こえそうである。しかし、あなたもそのはずだ。あなた自身も、あなたが誰をも正当に評価をすることはできない。言うなれば、「あの人はきっとわかってくれているはずだ」と思えば思うほど、わかってくれなかったときに腹が立ったり、失望したりする。それは相手にとっても同じなのである。例えば、上司の立場の人間は、部下から正当な評価を受けたいと思っている。部下からの正当な評価とは、言い換えれば「尊敬」である。しかし、実際には正当な評価を受けられず、尊敬されていないことは多い。つまり、部下を正当に評価できる上司も、上司を正当に評価できる部下もいないのだ。それは学校における学生と教師の関係にもあてはまるし、妻と夫の関係にもあてはまる。では、なんのためにがんばっているのか。どうすればいいのだろうか。それは簡単なことだ。評価されるために努力することをやめればいいのである。仕事はもちろんするだろう。責任は果たすように努力するだろう。その内容は評価されたいし、昇進や昇給に反映されるべきことである。もしあなたが昇進できるほど、昇給するほど、何かをがんばったとしよう。それを評価されるための努力だと思ってはいけない。「こんなにがんばってますよ、私は」的なアピールは最悪なパターンだ。それは「これが私の全力投球ですよ。これが100%発揮している私ですよ」ということになる。それは「もうこれ以上の仕事は頼めない」という意味になってしまう。そんな人間に昇進、昇給はありえない。確実に達成できる責任を、全力投球せずに成し遂げる姿こそ、評価を上げるのである。「この人材は、昇進、昇給すると、もっと大きな結果が出るかもしれない」と思わせることこそ、期待される人材、惚れられる人材、伸びる人材の証拠なのである。その代わり、確実に達成できない任務は絶対に受けてはならない。誤解を避けるためにいっておくが、達成できなくとも責任問題にならないもので、経験を積むためのものであるなら、汚点になるとは考えずに絶対に受けるべきだ。経験を積んで十分にできるようになってもなお、時間的に不可能な任務を背負い込むことがまずいのである。確実に達成できる責任を果たし続け、全力投球せずに成し遂げる姿は、カリスマ性すら感じさせるものである。逆にいえば、人の成果を横取りして、本当にがんばっていない人間が評価されてしまうのは、本人が全力投球せずに成し遂げたと思われたからである。笑顔で、能力を出し切っていない姿、やる気はあり、実際に行動しているが、言葉に出さず、がんばっているとも、楽だとも言わない姿で責任をきっちり果たす人間が、高く評価される。逆に、言葉であれこれいいながら、断り切れずに背負いきれない責任を背負って、責任を果たせなかった場合に、評価はもっとも下がる。言葉は引き受ける際、時間的に無理な場合で断るときと、必要な報告、成果を横取りされたなどの不正を暴くときに使う。良好な人間関係を築くための冗談等はもちろんいいことだ。断るときや報告、不正を暴くとき以外は、言葉に頼らずに結果を出してみせる。責任を果たしてみせる。そのためにも、前回の記事にある得意分野における一貫性は重要なのである。あなたも得意分野なら、評価を高く受けることは簡単だろう。近道ということだ。日常的にきっちり責任を果たしながら、近道も探す。あなたの評価は上がり続け、近道が見つかれば、信用・信頼は不動になるだろう。全力投球すれば評価が上がるというのは、前時代的洗脳または迷信なのである。次回は、評価がガタ落ちで、信頼回復が見込めないまちがったアピールについても挙げておこう。このまちがったアピールを普通にしている人は多く、ぜひとも伝えておきたいものである。

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      テーマ:
  • 26Jun
    • 自分で決められる人間になる

      やっと「いいね!」が20を超えたので、続きを書こう。決められない人間は決めるための理由を探す。決められる人間は理由をチェックはするが、理由だけではほとんど決めることがない。ではどうするのか。決められる人間は理由があるかどうかが信用・信頼だとは思っていない。究極のところ、理由すらなくたっていい。決められる人間にとって何を基準に選ぶかは実に簡単で明白である。それは「一貫性」である。自分で決められる人は「ああ、なるほど」と思うだろう。自分で決められない人は「え? いっかんせい? なんの?」と驚き、見当もつかないだろう。これが「自分で決められる人」と「自分で決められない人」の間にある大きな差である。そもそも信用・信頼とはなんであるかを考えてみてほしい。ある業者に修理をお願いするとき、同じ修理なのに高かったり安かったりするとあなたはどう思うだろうか。値段の例えは極端だ。別の例えをしてみよう。品質の例えにすれば次のようになる。少々お高めのある家具屋では、高品質で長く使える商品しか売っていない。そのスタンスは創業以来変わらない。常連客はその家具屋の品質を信用して自ら買い、人にも薦めるだろう。これを人間に置き換えてみよう。帳簿チェックを任せると正確で早い仕事をするAさんは、帳簿チェックに関しては絶大な信頼を得ている。在庫管理や会議資料の準備には一度もミスをしたことがない。しかし、Aさんは方向音痴で運転は心配だ。Aさんの信用・信頼は地に落ちるだろうか。そんなことはない。Aさんに運転を任せた管理者の責任問題である。外交員は事務員の仕事を代わらなくてもよいし、配送員は外交員の仕事を代わらなくてもいい。信用・信頼は得意分野で培われるのである。もちろん、事業の方針転換や人員の配置転換など、規模の拡大・縮小のほか、人員各々の得意分野の見直し等によって改善は図られる。もしあなたが得意分野ではない職種に変えられてしまった場合には、努力こそすれ、あなただけの責任で苦しむ必要はない。信用・信頼は本来、得意分野において築かれるものであるので、あなたが信頼回復するためには、元の得意な職種に戻れるよう上司にお願いすることこそ責任感といえるだろう。異動がかなわず、不得意な職種で所属する組織に損害を与えるなら、その仕事は不向きであったとしてきっぱり転職することも責任感といえるだろう。耐えに耐えて体を壊すほうが自己管理を問われ、ますます追い込まれる。そこまで追い込む組織はブラック企業と変わらない可能性もある。心身症にかかってしまったら、退職してからも病に苦しむのは自分である。信用・信頼回復の見込みがあるかないかは重要である。このように信用・信頼にとって「一貫性」は大きな意味をもつ。これを宴会に使う店を選ぶ場合に当てはめてみよう。あなたがすでに別のなにかで信頼されているのであれば、宴会の店を選ぶことで褒められる必要はない。無難な店を選び、不平不満を言われたところで、あなたの信用・信頼に傷はつかない。もし別のことでまだ信頼されていないのであれば、些細なことだが宴会の店選びは失敗してはならない。できる限り多くの情報を集め、予算に合った美味しい店をピックアップして、その中から「自分が得意としたいジャンル」を選ぶ。焼き鳥屋でもよいし、イタリア料理屋でもよい。まず目指すは「美味い店」である。絶対に予算を超えてはいけない。当日、必ず何人かから不平不満を言われる。それは仕方がない。なぜこの店を選んだか聞かれたら、誰かから聞いたとは言わず、「自分が気に入っている店なので」と言い切れ。もちろん上司たちの年齢層に合ったジャンルに限りである。もし「自分が得意としたいジャンル」が上司たちの年齢層のニーズに応えられない場合は、上司に相談し、反対されたり眉をしかめられたら無難な店に変更しろ。上司が反対せず「自分が得意としたいジャンル」の店で宴会をしても、上司が反対して無難な店に変更したとしても、「今後、私はこういう店を選ぶ人間です」と認識されることは、ささやかな信用・信頼につながる。あなたの中にあるさまざまな「一貫性」がひとつでも多く周囲の人に認識されれば、その総合計で信用・信頼が大きくなっていく。あとは本命の「職務における得意分野を見つける」ことである。先ほどの職種の話に書いたとおり、組織内の自分の居場所を確立する軸になるものである。仕事における究極の「一貫性」であり、これさえ見つかれば、他の「一貫性」は一時的なもので飾り程度になる。究極の「一貫性」が見つからなければ、他の「一貫性」を積み上げて認知されていても、なにかの中程度のミスで簡単に信頼が失墜してしまう。究極の「一貫性」さえあれば、中程度のミスでは信用・信頼が揺るがない。この大小の「一貫性」を守る方向にすべてを選択すれば、あなたは迷わなくなる。基本的には先輩に従うのは大前提ではあるが、得意分野は一貫していることが重要なのである。才能は得意分野を突き詰めた向こう側にある。少々得意な程度のものは才能とは関係がない。ひとつ、おまけを付け加えるなら、「集中力がある」「根気がある」「ユーモアがある」「器用である」といった、汎用性のある能動的な性格特性を前面に出し一貫性をもたせると、おもしろいように評価が上がる。「温和である」「健康である」「堅実である」といった受動的な性格特性はよいことではあるが、あまり評価には貢献しない。もちろん「頑固である」「静かである」などはマイナスにもなり得る。次回から、評価に貢献するコミュニケーション・マナーについて書き始めよう。

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  • 07Jun
    • 決められないことを決める

      悩みとは、決められないことだから悩むのだが、世の中には迷わない人、悩まない人が実際にいるし、そういう人ほどあまり後悔していないように見える。慎重な人、堅実な人ほど、あとで後悔するかどうかわからないことをどうするか決められず、悩むものだ。それはなにも進路、結婚など人生にかかわることとは限らない。幹事を頼まれて、どこの店で宴会をするかや、呼ばれたパーティーでどの服を着ていったらいいかなど、些細なことだけれど、なにかがあったらとても後悔しそうなことで、自分の判断は本当に大丈夫だろうかと迷う。それで、そういうときには、どうしたらいいかを決めるために、あれこれと理由を考える。幹事で例えるなら、「前回の宴会はこの店だったから、今回もこの店にして問題はないだろう」「いや待てよ。前回と同じ店だったら、またここかとがっかりされるかもしれない。せめて前々回かその前に使った店がいいかも」「前々回以前で、予算に合う店があればいいんだな」ここまで考えれば、無難な店は決められるだろう。ところが、幹事を頼まれた時点で「今まで使ったことがない店がいいな」と要望をもらってしまうと、たいへんなことになる。そもそも今まで使っていた店は「メニューが多い」「安っぽくない」「環境がいい」「予算に合う」などの理由で使われてきた店であり、ほかにはいい店がなかったからこそ選ばれていたのである。今さら他の店を探したところで、すでに条件を満たす店はない可能性が高い。ネットで調べて、予算どおりで、メニューもそこそこある店を選んだところで、環境がいいか、おいしい店かなどはわからない。口コミ情報を見たところで、どこまで信用できるかもわからないのだ。決められる人は「こんな簡単なこと、悩まないよ。そんなことで迷ったことがないし」と思うだろう。実際には迷う人でも、私の文章を読んで「予算合えばいいよね」と簡単に考えるかもしれない。しかしあなたも実際にこんな人を見たことがあるだろう。「どの店にしたらいいかわからない。どうしよう。どこがいいと思う?」と悩み、人に聞いて、自分で決めようとしない人である。自分で決めようとしない人に向かって、「テキトーに決めればいいんだよ」とか、「おいしそうなお店にしてね」とか、「君に任せるよ。自分の好みで決めていいよ」と、気を楽にさせるような言葉を投げかけても、まったく効果がない。社長が気を使って「予算オーバーしてもいいぞ」と言ったものなら、それを真に受けて、とんでもなく高い店にしてしまうこともある。高い店なら、味や環境など悪く言われないと思っているからである。人に聞いて回るのも、みんなのために意見を聞いているわけではない。自分が決めたものではなく、そういう要望があったということにしてしまえば、自分は非難されない。自分が選べないなら、店に行ったことがある人やいい店だという情報をもっていて行きたいと思っている人の話は有力な情報である。自分が責任を負わないで、いい店だと言った人間のせいにしようとしているのではなく、その店にする有力な情報であり、それに従ったまでである。いい店だと言った人間が責任を負うのは当然だと、決められない人は考えている。善意のつもりであり、本当の意味で悪意がなくとも、結果的に人のせいにする人は、確実に嫌われる。こういう微妙で、確証がないことは、些細なことを含め、進路や失恋、結婚、転職など、そうしたほうがいいかと決めるために、理由探しをすればするほどわからなくなる。すると、人の意見を聞いて、なんとかそうすると決めるための理由を探す。どうしても決められないときは、ちょっとでもいい理由のものにするか、人が強く推してきたものにしてしまう。そして、もしそれで後悔したら、いい理由を教えてくれた人や推してくれた人のせいにする。これが、決められない人の実情である。決められる人は、このような悩み方、考え方、思考法をしていない。そして後悔しないし、非難されることも少ない。なぜなら、決められる人は「理由探しをしない」からである。それでどうやって決めているか、あなたはわかるだろうか。それについて、次回書く。

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  • 06Jun
    • 決断方法には2種類

      決断方法には2種類ある。ひとつめは「避けられない外的要因があって、リスクや損害を抑える選択」である。これは決断が簡単で、誰に非難されても反論できる強みがある。ふたつめは「避けられない外的要因、リスク、損害の増減のいずれも予測が立たない選択」である。決断がむずかしい割には、人生の岐路はいつもこちらである。誰もが迷い悩み、決断を先延ばしにする。期限が迫ることでいよいよもって追いつめられると、誰かの判断に委ね従うか、サイコロでも投げて投げやりになって決める者もいる。ひとつめは、避けられない外的要因、リスク、損害を調べることができれば、誰が判断してもほぼ同じ結論に至り、決断できるかどうかは個人の能力とはいい難い。「迷わない生き方」「決断できる方法」を実践できている人は、ふたつめの決断ができている人だと言い換えることができる。そして、その決断後に予測が当たったか、外れて後悔したかも重要になるだろう。このブログでは、その決断と、予測を当てる方法、後悔しない選択を常に実践、あるいは、高確率で実現できる考え方や技術を公開していく。

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山中 聡和

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山中聡和(やまなかそうわ)と申します。 ヴェーダ、ヨーガ、根本仏教、分析心理学のセミナー講師、ノン...

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