今回は公演『きえるもの、のこるもの、こわれるもの』の演出担当・川口典成さんへのインタビューをお届けします。

 

普段は演劇企画「ドナルカ・パッカーン」で日本近代の戯曲を上演している川口さん。
今回は若手劇作家の短編5作品をすべて演出する前代未聞の挑戦を続けています。
コミュニケの作家たちが書いたフリーダムな戯曲を、川口さんはどう読んで、どう演出するのでしょうか?

 

ちなみにインタビューしたのは高円寺のクラフト麦酒酒場 シトラバさんです。
http://citraba.favy.jp

 

シトラバさん

 

オススメはクラフトビールとサワー

 

乾杯するコミュニケ代表・田中と川口典成さん

 

ビールを飲んですっかりご満悦な川口さん

 

川口さん、とても真面目で、稽古場のダメ出しも常に論理的。
でも、同時に無類のお酒好き。
この日のインタビューもクラフトビールですっかり舌が滑らかに。
それぞれの作品の印象も、本音トークで話していただきました。
みなさまも高円寺にお立ち寄りの際はぜひシトラバへ!(ダイレクトマーケティング)

 

それではインタビュー本編をどうぞ。

 

* * *

 

——今回の企画の率直な印象は?

 

公演に至るまでのプロセスが特徴的だと思ってます。
リーディングを通して作家たちが意見交換するなど、戯曲ができる様子をブログで開示していく機会はそうそうないことなので。
上演を観るだけではなくブログも含めて楽しめるというのが、今回のコミュニケの特徴じゃないでしょうか。

 

あとみんなが一つの目標を見ていないところがいいね。みんなバラバラで適当(笑)
一応、共通のテーマがあって作家たちはみんな同じものを見て書いているんだけど、捉え方もアプローチもバラバラで、作家ってそういうもんだよなあって(笑)

 

律儀にやりすぎると面白くないんだよね、こういう企画。
自分の書きたいことには律儀なんだろうけど、企画のために奉仕しようと思って書いていないのが、私は良いなと思ってます。

 

 

——各作品の印象をお聞かせください。

 

●菊池祐児「たまたまあはれ」

 

あらすじ
「たまたま生まれて必然を遺す」
小学生がサイコロを転がす話です。

 

ネタバレとのバランスが難しいねえ。
菊池さんがリーディングをやっていたやり方、例えば中腰で読ませるとか(リーディング・レポート1参照)、それを無しにするとけっこう丸投げなんですよね(笑)

 

普段関わったことのない俳優さん、とくに若い俳優さんたちと作るには面白い題材だと思っています。僕は演劇の根幹は運命観だと思っているので、運命について若い人がどう思っているのか、それを稽古場で立ち上げるのに菊池さんの作品は面白い構造になっている。演劇感と運命感を一緒に考えている感じかな。

 

別のことをいうと言葉が細かいよね。
パッと読むと類型的なことを書いているように読めるんだけど、よく読むと情念がこもっている。菊池さんは闇が深いよね(笑)

 

●早川貴久「上演禁止シリーズ②『人生の楽園』」

 

あらすじ
ある事情で上演禁止になった作品を再構成して上演するシリーズの第2弾。

 

タイトルから分かるようにパロディなんだけど、パロディの裏側にある一貫性が早川さんの面白いところで、どストライクに社会的なテーマを扱ってる。

 

でも自身が演出する時には主題を隠しているんじゃないかと思うんですよ。
恥じらいとしてやらないんだろうけど、恥じらいのある作品が社会批評性を持っている場合もあるので、「これは恥じらいです」っていう感じで演出したいですね。

 

あと構造が全部、借り物。
僕も昔は同じようなことをやっていた時期があったので、非常によく分かります。
パロディを書き続けないと自分が書きたいものにたどり着けないこともあるので。いろんなものを使っていいと思うんですよね、単純に。

 

●kaivz「F」

 

あらすじ
任務を遂行せよ。ただし、「想像しない」でだ。
光と音だけを頼りに侵攻する兵士の世界。

 

さっき言い忘れたけど、早川さんの戯曲は俳優の面白さに賭けているところがあって、構造はしっかりしているんだけど会話の妙より俳優が面白ければそれで良いという作り方になっています。

 

それでkaivzさんも俳優に向けて書いているんだけど、kaivzさんのはねえ……分かりやすく言うとBLなんだよね(笑)
あるいはダンディズム。

 

本人も「役者がカッコよければ良い」と言っていたけど、正にそういうことで書いてるんだろうなって思う。
そのカッコ良くさせるための世界設定が妄想で広がっていくんだけど、分かる。カッコ良くさせるためには世界が必要なんだよ。

 

社会の関係性みたいなもの、例えば恋とか友情とか、そういうのはkaivzさんはつまらないと思っているんじゃないかな。
そこから脱して世界について考えて、この話になったんじゃないかと思います。
小難しい話になるけど、演劇人は存在者の話ばかりしているけど、存在の話をしていない。
そういう意味では、kaivzさんは存在の話をしようとしていると思うんですよね。

 

●関野翔太「灯り」

 

あらすじ
今日思い出したあの夜は、明日もう一度生まれる。
ある夫婦の明日の前日譚。

 

書き方がちょっと別役実に似てると思ったんです。一文書いては「次のセリフどうしよう」っていう。
自分がいま抱えている感情、鬱憤とか喜びがこの会話の間にはない、ノらない。じゃあどうやったらノるかっていうのを、いろいろな技術を使いながら書いている。
最初は岸田國士の「紙風船」を意識していたというけど、それは良かったんじゃないかな。

 

短編の中で、淡々とした日常会話にダイナミックな構造の転換を仕掛けていて、すごく良いと思います。
物語の構造がいくつも並走していて、トリオジャズのようなことをやっている。
そしてそれは、関野くんの怒りから来ている気がする。

 

さっき存在者って話をしたけど、存在者ってのは関係性しかないのでね、関野くんは存在の話をしないことに怒ってるんだと思う。
存在者とか存在って、全然キャッチーじゃない言葉ばかり喋ってるな(苦笑)
まあでも、15分のなかで会話の印象とは違う構造的なダイナミズムがしっかりできていて、面白いと思いました。

 

●田中寛人「さよならは夜明け前に」

 

あらすじ
黒板をめぐりすれ違う二組の男女。
生と死、過去と未来、交錯する二つの会話の物語。

 

よく言われることがあると思うんですけど、とてもピュアなんですよね(笑)
こんなにピュアでもいいのかと思うくらい。

 

ただ、今回はそのピュアさとは反対の残酷さもあって、そのバランスをどう合わせようかなといま考えているところです。
作品の世界観とかテーマ性とか、どの辺でうまく着地させるか。世界観を形作っているディテールが多いので、バランス次第でガラッと印象が変わると思うんです。

 

そういうことで言うと、役者にあまり意地悪ではない印象があります。僕は演出するときにちょっと意地悪にするぐらいが作品世界としてちょうど良いのかなと思ってるんですけど。

 

みんな奇をてらって書いてるけど、それが無いのが田中さんの作品ですね。
他の作家には開き直りがある。分かんないだろ?っていう。舐めんな、って思ってるけど(笑)

 

——今回は若手劇作家5人の戯曲を演出されてますが、ご自身の団体であるドナルカ・パッカーンで演出する時と違いはありますか?

 

 

ドナルカ・パッカーンは近代戯曲に新しい視線を当てるということをやっていて、もちろん稽古場で試行錯誤するわけですけど、戯曲を選んだ時点でやるべきことは決まっている。

 

コミュニケの場合、やるべきことが決まってるわけではないので、とりあえず試すしかない。俳優が演じているのを見ながらその作品の面白さを探していくので、ドナルカ・パッカーンとは全然違うかな。

 

僕が満足する演劇を作ることより、この場にいる作家・俳優・スタッフが「なるほど。この作品はこういうことだったのか」って分かるように作ろうと思っています。
もちろんお客さんに作品の良さを伝えたいし、そのためには作るみんなが分かってないといけないと思うので。
なんとか無理やり押し込めるより、可能性を押し広げていくつもりで取り組んでいます。

 

——今回の公演の見どころを教えてください。

 

バラバラなことじゃない? こんなにバラバラなことってないよ(笑)

 

作家はみんなバラバラなことを考えている。だから俳優の演技方法もバラバラでいいと思うんです、今回は。
それをお客さんと共有できるように、どう地平線を作っていくか。

 

ちょっと話がズレるけど、演出家って、ある地平線上で、会話することを含めて俳優を地平のどこかに立たせちゃうんだよね。
「ここにいろ」「こう会話しろ」「こういう身体でいろ」って演出家は言っちゃうんだけど、その地平を作るのは本来は俳優のはず。演出家はまだ見ぬ地平を探すのが本来の仕事。
そういう地平がコミュニケにはいっぱいあると思ってます。

 

カントの至言で「人を目的としてあつかえ」という定言命法がある。
人はいつも他者を手段としてあつかってしまう。しかし、目的としてあつかえという。
でも正確には「人を手段としてあつかうだけではなく、目的としてあつかえ」と書いてあって、「だけでなく」という言い回しが重要なんですよ。
手段と目的、それをどう両立するかが、演劇では問われていると思う。

 

見どころはバラバラなこと。僕もバラバラに演出しようと思ってます。

 

 

——作家たちはまだ自分の書いた戯曲がどう仕上がっているのか見ていません。どう感じると思いますか?

 

思っていたイメージとはちょっと違ったものになるんじゃないかな。
作家の完成形のイメージとは別に「台本を読んだらこうなるよ」という視点でやっているので。

 

——最後にお客様にメッセージをお願いします。

 

演劇に関わっている方には、コミュニケには面白い作家がいっぱいいますので、観に来てほしい。
その作品の分からなさも含めて提示しようと思っているので、「俺の方がもっと良い演出をできる!」という人がいればコミュニケの後に上演してみても良いと思います(笑)。

 

演劇に関わっていない方に向けては、どの作品も現代社会の問題を扱っているので、1つの題材に多様な切り口があるということに気づいてもらえれば。5作品あればどれか1つは居心地が良いと思うし、どんな演劇が好きか分からないと思っている方には参考になるんじゃないかな。

 

あと1作品15分なんで、パッと来てパッと観るでも良い。
チケットも2500円で格安ですし(笑)

 

 

——本日はありがとうございました。

 

聞き手:田中寛人
撮影:類家アキヒコ

 

* * *

 

川口典成プロフィール
1984年、広島県生まれ。東京大学思想文化学科宗教学宗教史学専修課程、卒業。同大学院宗教学宗教史学、修了。ピーチャム・カンパニーの代表・演出として活動。2011年10月に東京タワーの目の前に位置する芝公園にて、フェスティバル/トーキョー11公募プログラム参加作品として野外公演『復活』(脚本:清末浩平)の上演を行った。続く2012年に原子力時代の想像力を問う三島由紀夫原作『美しい星』を演劇化。2015年には再び小説『美しい星』の哲学問答部分を抜き出し『対話篇 美しい星』を上演。現在ピーチャム・カンパニーは、日本演劇における言語と政治・権力のあり方を見つめ直すため、演劇上演を無期限に休止。川口個人として演劇実験場であるドナルカ・パッカーンを立ち上げ、日本における演劇と戦争との蜜月にあった「歓び」を探求し、2017年7月には森本薫の国策放送劇『ますらをの伴』を上演した。外部演出として、2015年に『ザ・モニュメント 記念碑』(作:コリーン・ワグナー)を演出、2016年に江戸糸操り人形の一糸座の『長靴をはいた牡猫』(原作:ルートヴィヒ・ティーク)にて脚本・演出・出演。演劇上演という場における「同質性/異質性」の表れを通じて、共同体における「召喚/排除」を思考する演劇活動を行なっている。
(ドナルカ・パッカーンHPより抜粋)

 

●ドナルカ・パッカーン次回公演
日本文学報告会による委嘱作品
「女の一生」
―戦時下の初校版完全上演―
作:森本薫 演出:川口典成
2019年11月6日〜10日@上野ストアハウス

 

●ドナルカ・パッカーンHP
https://donalcapackhan.wordpress.com/

 

【公演情報】
演劇設計局コミュニケ#2
『きえるもの、のこるもの、こわれるもの』
~5人の劇作家による短編劇集~

9/12(木)~16(月・祝) 東中野 RAFT
前売・当日 2500円

ご予約(こりっち):https://stage.corich.jp/stage/101625
公式サイト:https://communique.work/

脚本:田中寛人 / 菊池祐児(劇団大学ノート) / 関野翔太(劇団カツコ) / Kaivz(無伴奏Δ組曲) / 早川貴久(MICOSHI COMPLEX)
演出:川口典成(ドナルカ・パッカーン)
出演:内海詩野(演劇集団 壺会 / グッドラックカンパニー) / 乙津香里 / 川口龍 / 小磯一斉(タイムリーオフィス) / 小関悠佳 / 昆野祐希