気持ちが呼び起こす看取りの記憶を変える | 看取り看護師めぐ〜死ぬとは最期まで生きること

看取り看護師めぐ〜死ぬとは最期まで生きること

どうか大切な人の最期を穏やかに看取れますように
どうかあなたが最期まで、笑って楽しく生きられますように
最期まで笑って楽しく過ごせる生き方をサポートしたいと奮闘中。


ありがたいことに、私のブログを読んで、「自分の看取りがあれてよかったんだと肯定できた」とか、「ずっと看取りが怖かったけど、温かいイメージに変わった」というメッセージをいただくようになりました。

当初はこれから看取りをする人のために、これから死を迎える人のために書いていたブログですが、どうやら看取ったあとに読んでくださっている方もいるようです。
看取ったあとにこのブログを読んでくださる方は『看取り直し』しているように感じます。



たしかに別れは悲しいです。
でも、その悲しみの奥には、別れをそれほど悲しめる関係性が築けたという『幸せ』が隠されています。
その『幸せ』に気づいてほしいと思っています。



初めて看取りをした方は、精神が決して健全とはいえない、いいっぱいいっぱいの状態で看取りをしています。だから終わった後に、ネガティブな感情しかわかないことがあるようです。
そんな状態では、ポジティブに考えることもできません。


とかく私があのとき○○をしたから、あのとき○○していれば、と後悔しがちですが、本当に自分だけのせいだったでしょうか?
そのときに何かしていたら変わっていたでしょうか?

まずは「ニュートラルに考える」ことをおススメします。
良い悪いの判断することなく、いまどのような状態なのかをニュートラルに考えるのです。


看取る前も、看取ったあとも、まずはニュートラルに考えてみましょう。
そして生きてきてくれたことを感謝してみませんか?



あるとき、患者さん亡くなった後、「亡くなるちょっと前に笑ってくれたんですよ」「○○さんは笑うとかわいい人でしたね」などと思い出を語っていると、息子さんが急に涙したことがありました。

「今まで父を入院させっぱなしだったことが申し訳なくて、後悔していたんですが、思い出すのはずっといがみ合っていた記憶で・・・・でも、その話を聞いて救われました。入院生活がつらくて苦しいだけじゃなかったんですね。昔はお調子者でよく笑う人だったんですよ。懐かしい・・・・」

最期は認知症もあって、介護は大変だったのでしょう。思い出すのはツラい介護といがみあった記憶でした。でも、最期に笑ったという話を聞いて、元気だったころのお調子者のお父様との思い出が蘇ってきたというのです。


気持ちが、呼び起こす記憶をも変えます。


看取る前も、看取ったあとも、まずはニュートラルに考えてみましょう。
そして生きてきてくれたことを感謝してみませんか?


「なんで死ぬの?」「なんで私を置いていくの?」と怒りや不安な気持ちでは、良い思い出など呼び起こせないでしょう。

私は、最期を看取るとき、必ず「ありがとう」というようにしています。
「ありがとう」というと脳が勝手にありがたい理由を探し出します。

あの時の笑顔可愛かったなぁ~など良い思い出が蘇ってきます。


反対に「可哀想」や「悲しい最後だったな」と思うと、あんな痛い思いをさせてしまったなどと悪い思い出ばかりが蘇ってきます。


感謝するのは、相手のためだけではなく、自分のためでもあります。


看取る前も、看取ったあとも、まずはニュートラルに考えてみましょう。
そして生きてきてくれたことを感謝してみませんか?





どうかあなたが、大切な人の穏やかな最期を笑顔で看取れますように☆
どうかあなたが、『看取り直し』をしてこれからも笑顔で過ごせますように☆



ここまで読んでくださりありがとうごいました。



看取りに関する質問や悩みがあれば
お気軽にメールしてください
すぐには対応できないかもしれませんが、私はあなたの味方です。

質問・ご意見はこちらから





後閑愛実(ごかん めぐみ)