『全身小説家』 (1994) 原一男監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~


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小説家井上光晴の晩年を記録したドキュメンタリー映画。

 

1992年に66歳で逝去した井上光晴の最晩年をこの作品はカバーしている。なぜ原一男が井上に興味を持ったかという撮影のきっかけは分からないが、撮影を始めた当初はこのような内容になるとは思っていなかったに違いない。井上が癌に倒れることも知る由もなかっただろうし、井上が自ら語る来歴が虚構に満ちていたことなども死後に分かったことだからである。

 

井上光晴の作品は読んだことがないため(彼の作品を映画化した黒木和雄監督『TOMORROW 明日』を観て、その名前を知ったのみ)、彼の作品に投影された人物像を想像することはできないが、逆にどこにでもいる一人の人間として見ることができた。

 

彼は「文学伝習所」という名のコミュニティを各地で開講していたが、この作品で多く取り扱われているのが、その場や講演で語る彼の文学観や人生観。あとは、文学伝習所の塾生だと思われる彼と身近にいた者や埴谷雄高、瀬戸内寂聴といった近しい知人の言葉(瀬戸内寂聴が彼と恋愛関係にあり、寂聴が出家したのは彼との関係にけじめをつけるためだとは知らなかった。そのことに関しては、彼女自身、この作品の中で井上の葬式での弔辞で触れている)。それから、癌との闘病記といった内容。

 

彼が、文学伝習所の講義で、フィクションとリアリティについて述べているシーンがある。いかに書かれている内容が真実であっても、その書かれている部分を取捨する段階で恣意的である以上、書かれた真実は全てフィクションと言えると彼は述べる。勿論、関連事実の一部を隠すことによって、表に出ている部分の意味合いが異なってくるというケースもあるにはあるだろう。しかし、一般論としてはかなりアグレッシブなフィクションの定義だろう。

 

しかし、身近な例で考えるとなるほどと思えないこともない。自分が経験したことで、強烈な印象を受けたのは、日本の刑事司法、特に裁判における「ベスト・エビデンス」という考え。検察は、公判に臨んで収集した全ての証拠を開示することはない。公判を効率的に処理するために、有効である証拠のみを提出するが期待されている(by 裁判官)。それが「ベスト・エビデンス」と呼ばれるものだが、もし検察が公判で開示する証拠が被告人がクロであることを示す証拠のみであるなら、確かにその証拠は真実(の一部)であったとしても、シロの証拠が隠されている以上、全体の判断が真実とかけ離れていることはあり得る。つまり、検察の証拠のつまみ食いを許している以上、全ての判決はフィクションでしかないということになる。刑事被告人になって最も驚いたことの一つが、証拠の全面開示義務は検察にはなく、被告人・弁護人はそれらにアクセスできないという刑事司法の矛盾だった。

 

井上光晴は、人を傷つける嘘ではなく、人をハッピーにする嘘であればついてもいいと思っていたようである。福岡県久留米市で生まれながら、関東州(満州)旅順で生まれたと言ったり、自分の初体験を語るときに、遊郭に働く片思いの朝鮮人女性を作り上げたりといった具合に。

 

嘘をつくことが、いい悪いの観点で間違っていると言うつもりは毛頭ない。他愛のない「white lie」が生きていくための潤滑油になっているケースは山ほどあるだろう。しかし、多くの場合、損得で言えば損になることが多いと感じている。別に久留米で生まれようが旅順で生まれようが、人の意識などさほど差がないのに、それが嘘だと分かった場合にほかの部分も嘘があるのではないかと思われるからである。(演技性 or 妄想性)パーソナリティ障害といった病的なケースもあるにはあるだろうが、単にある種の劣等感の変形であることが多いだろう。井上もそういったものであり、少々残念な感じであった(勿論、だからこそ映画の題材として面白いということになるのだが)。

 

自分のように井上光晴をよく知らない者でもなかなか楽しめた。しかし、丁度肝臓癌摘出のシーンの時に、たまたまランチで弁当を食べていて、かなり食欲を失ったので、(そういうタイミングもあまりないだろうが)一応断っておく。

 

キネマ旬報ベストテン1位、ブルーリボン賞及び報知映画賞の作品賞受賞作。

 

★★★★★ (5/10)

 

『全身小説家』予告編

 

近年のキネマ旬報ベストテン1位の個人的評価

 

1994年 『全身小説家』 ★★★★★ (5/10)

1995年 『午後の遺言状』 ★★★★ (4/10) 

1996年 『Shall we ダンス?』 ★★★★★★★ (7/10) 

1997年 『うなぎ』 ★★★★ (4/10) 

1998年 『HANA-BI』 ★★★★★ (5/10)

1999年 『あ、春』 ★★★★★★ (6/10)

2000年 『顔』 ★★★★★★ (6/10)

2001年 『GO』 ★★★★ (4/10) 

2002年 『たそがれ清兵衛』 ★★★★★★★ (7/10)

2003年 『美しい夏キリシマ』 ★★★★★★ (6/10)

2004年 『誰も知らない』 ★★★★★★★ (7/10)

2005年 『パッチギ!』 ★★★★★★★ (7/10)

2006年 『フラガール』 ★★★★★ (5/10)

2007年 『それでもボクはやってない』 ★★★★★★★ (7/10)

2008年 『おくりびと』 ★★★★★★★★ (8/10)

2009年 『ディア・ドクター』 ★★★★★ (5/10)

2010年 『悪人』 ★★★★★★★★ (8/10)

2011年 『一枚のハガキ』 ★★★★ (4/10) 

2012年 『かぞくのくに』 ★★★★★★ (6/10)

2013年 『ペコロスの母に会いに行く』 ★★★★★ (5/10)

2014年 『そこのみにて光輝く』 ★★★★★★★★★ (9/10)

2015年 『恋人たち』 ★★★★★★★ (7/10)

2016年 『この世界の片隅に』 ★★★★★★ (6/10)

2017年 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 ★★★★★ (5/10)

 

 

 

 

 

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