1995年の岩井俊二監督作品のアニメ化。主人公が小学生から中学生に変わり、典道となずなの恋愛を前面に出した改変は全く成功しているとは思えなかった。

 

前半部分は1995年実写版とほとんど同じ展開。プールでの賭けの対象が『SLAM DUNK』最新刊から『ONE PIECE』最新刊になっていることから、時代設定が現代になっていることが分かる。小さな変更点として、祐介にすっぽかされたなずなが両親の離婚とを指して「裏切られてばかりいる」というセリフが、「これも私のせい?」となっているが、その後典道が祐介を殴る展開からすると、なぜ敢えてそのセリフにしたのかが理解できない。

 

それよりも問題は、1995年実写版と全く異なる展開となる後半部分。1995年版では、イマジネーションともリアリティともつかない最初に起こったことと異なる展開が、アニメではなずなが海で拾ったガラス玉の不思議な力によって時間を巻き戻してやり直すというファンタジーになっている(ゆえに典道の記憶には以前に起こったことが残っている)。そして花火を横から見ると丸いことが正しいことを前提に、そうでない形(平べったい形や不思議な形)を見る世界は現実ではないかのように描かれている。

 

「これって想像?パラレルワールド?」的な不思議感が完全に壊され、そして花火が丸い、平べったいはタイトルにありながら実はどっちでもいいという(1995年版ではその答えは出されていない)そのギャップも無視されている。

 

大体が、20年たった現代の中学生が何か疑問に思えば、「ググればいいんじゃね?」と思うのが当たり前であり、何時間もかけて灯台を目指して、自分の目で確かめるのだろうか。それに、少年たちが次々と自分の好きな女子の名を叫ぶシーンで(1995年版と同じ)「観月ありさ」はあり得ないだろう。

 

1995年版では両親が離婚し、なずなは母親に引き取られて転校するとだけしか説明されていないが、アニメ版ではその再婚が3回目であり、随分と奔放な母親という設定。奥菜恵演じる、小学生としてはませてはいたが(実際に撮影時の彼女の年齢は15歳)清楚な印象のなずなが、妙にすれて「女女」している印象を受けたのは残念。二次元ヲタ受けしそうな体のラインを強調したアニメの作画の問題でもある。

 

1995年版にある、小学生の夏の一日の甘酸っぱい懐かしい思い出となる物語が、つじつま合わせのファンタジーでしかも下世話な印象になっていたことが残念。

 

観る価値なし。1995年の実写版を観るべし。

 

★★★ (3/10)

 

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』予告編

 

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