『光』 (2017) 河瀨直美監督

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河瀨直美監督、『2つ目の窓』(2014年)、『あん』(2015年)に続く新作。『あん』に引き続き、永瀬正敏、樹木希林(声のみの出演)と組んだ作品であり、これまた秀作。

 

視覚障害者のための映画の音声ガイドの制作に従事している美佐子(水崎綾女)は、仕事をきっかけに弱視のカメラマン雅哉(永瀬正敏)と出会う。最初は雅哉の無愛想な態度に反感を覚えた美佐子だったが、彼がかつて撮影した夕日の写真に感動し、いつかその場所に連れて行って欲しいと思い、雅哉の内面に興味を持ち始める。そして、視力を失っていく雅哉の葛藤を間近で見つめるうちに、美佐子の中で何かが変わりはじめる。

 

失うことの美しさがテーマ。雅哉はカメラマンにとって最も大事な視覚を失い、美佐子は音声ガイド制作の過程で言葉を捨てていき、劇中劇の主人公(藤竜也)は最愛の者を失っている。そこから見える「光」を我々に見せてくれるのがこの作品である。

 

特にこの作品で興味深いのは、劇中劇である映画の音声ガイド制作にからみ、映画という「光(映像)」が本来欠かせないものを、視覚を失った者がどのように感じ取るかという登場人物の言葉を通して、映画の鑑賞やあり方を語っていること。河瀨直美の映画に対する慈しみが感じ取れる作品である。

 

テーマはいささか哲学的にも聞こえるが、言葉で語られることでイメージは明確となる。若干説明的と言われればそうなのかもしれないが、「視覚障害者のための映画の音声ガイド制作」という設定に、その言葉を饒舌と感じさせないうまさがある。

 

『光』というタイトルの英訳を敢えて「Radiance(輝き)」としたことには意味がある。光には夢や希望といった将来に向けられたイメージもあるが、この作品で伝えたかった光とは、芸術至上主義の芥川龍之介が、『舞踏会』のエンディングでピエール・ロティに「我々の生(ヴィ)のようだ」と言わせた花火のように、何事にも代えがたいその瞬間の至福を象徴しているのだろう。

 

アンドレイ・タルコフスキーは「水」の象徴性を作品で表現したが、河瀨直美は「光」の象徴性をこの作品で見せてくれた。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『光』予告編

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