『The Dark Tower (原題)』 (2017) ニコライ・アーセル監督

Sun, August 06, 2017 17:39:37 Theme: 洋画 サ行

 

スティーヴン・キングのライフワークと言われている『The Dark Tower』シリーズを原作とする作品。

 

原作とかなりかけ離れているとしてスティーヴン・キング・ファンから酷評されているが、原作を読んでいないので、純粋に映画としてどうなのかという評価ができると思って観てみた。

 

最後の「ガンスリンガー」ローランドの使命は、世界を安定させているパワーの源の「ダーク・タワー」を守ること。ダーク・タワーは、人間世界とパラレルな時空に存在している。「黒衣の男」として知られるローランドの宿敵ウォルターは、「ダーク・タワー」を破壊するために、選ばれし子供の思念エネルギーを破壊光線にして照射することを企てている。ニューヨークに住むジェイクはパラレル・ワールドで起きていることを悪夢として見る子供だったが、それは彼の思念エネルギーの強さゆえであり、それがウォルターの知るところとなると、ジェイクはウォルターに狙われることになる。

 

元々原作は7部の超大作であり、それを95分の作品にまとめているからか、話が唐突過ぎるところが多い。例えば、ウォルターがなぜダーク・タワーを破壊して世界を混沌に陥れようとしているのかという動機すら語られていない。また、「パラレル・ワールド」「世界を安定させるパワーを「ダーク・タワー」が発している」というストーリーのコンセプト自体が古典的過ぎる感じがする(原作は1982年から2004年にかけて出版)。

 

主人公はイドリス・エルバ演じるローランドとマシュー・マコノヒー演じるウォルターなのだが、特殊能力を授かったジェイク(中学生くらいだろうか)が重要な役割を担っている。子供が準主役的な役割だとどうしても、そうした年齢の子供に受けるような作品の印象になってしまうように感じる。つまり、一部の例外を除き(例えば『オーメン』は明らかにダミアンの年齢の子供向きではないが)子供が需要な役割を演じると子供っぽくなるように感じる。

 

そもそもサイエンス・フィクションは科学的にフィクションである以上、必ずしも物理的に正しい必要はないが、あまりにもあほらしい設定は興醒めとなる。いつも思い出すのが、キアヌ・リーヴス主演の『スピード』で、高速道路の切れた部分をバスが飛び越すシーン。上りのスロープの頂点が切れているという以外(しかも映像はあくまでフラットな路面に見える)、それはあり得ない。この作品でも、ラストにローランドがウォルターを倒すシーンでは、それまで銃弾を全て素手でキャッチしていたウォルターを狙って放たれた銃弾を、直後に撃った銃弾が跳弾して、先に撃った銃弾の方向をウォルターの手元直前で変えたために当たるという、「おいおい、どうして後に撃った銃弾が先に撃った銃弾に追いつくんだよ」という、どひゃーな設定。

 

映画を観終わって一緒に観た息子と議論したのは、ローランドが時空を越えてニューヨークに現れるシーンで、銃砲店に入って銃弾を奪って元の世界に戻るのだが、銃弾の互換性はあるのかという点。「口径が合えば、大概のリボルバーの銃弾は互換性がある」と主張する息子に対し、「そもそも人間界と同じ規格で銃が作られていることからしておかしくないか」と主張する私。そうした点がどうしても気になってしまう。

 

ということで、細かなことに全く無頓着な人限定のSFアクションなのだろう。自分はそうではなかった。

 

★★★★ (4/10)

 

『The Dark Tower 』予告編

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