ジェイソン・ボーン・シリーズの第5作目。但し、第4作目の『ボーン・レガシー』は監督が代わり(トニー・ギルロイ)、そのためと思われるがマット・デイモンも降りたため(降板の際、マット・デイモンは「ポール・グリーングラスが監督をしなければ、新たなジェイソン・ボーン作品はない」と言った)、主役はジェレミー・レナ―が演じている。本作では、監督が2作目『ボーン・スプレマシー』、3作目『ボーン・アルティメイタム』と同じポール・グリーングラスに戻り、主演もマット・デイモンが戻ってきた。それゆえ、前作をスピンオフとして、この作品は、1作目『ボーン・アイデンティティー』から続く、シリーズ4作目とした方がいいかもしれない。

『ボーン・アルティメイタム』でシリーズ完結のはずが、ドル箱のシリーズだけに、続編を作ろうとしたが、主役の降板で興行的にはさっぱりというのはよくある話だが、その後主役が戻ってきての作品の出来はどうか。制作陣の意気込みは、「どの作品がシリーズ何作目だっけ?」という分かりにくいこれまでと違い、主役名をそのままタイトルとした、ロックミュージシャンのセルフタイトルアルバムのような位置付けに表れている。

ボーン・シリーズのよさは、CGに頼らないアクション・シーンと、ジェイソン・ボーンが身の回りにあるものを活用して武器や道具にするヲタク感、それに第2作目以降監督が代わって更に顕著になったヒロインと色恋なしのハードボイルド感だろう。

第4作目の『ボーン・レガシー』は当然の低評価(この作品だけは未観賞なので、はっきりしたことは言えないが、シリーズの中ではということで、並みのアクション映画よりは高い評価を得ているので、機会があったら観るつもり)だが、一般の評価は、第3作が一番高く、第1作と第2作は好みの違いで分かれるというところなのだろう。そしてそれは、先に述べたボーン・シリーズのよさが第3作で前2作より強調されているからであろう。しかし、自分にとっては、第1作が一番好みであり、第2作がそれに続き、第3作は一番の低評価。確かにアクションの質は上がっていて、ボーン・シリーズのファンの喜びどころのツボを押さえたものになっているのだが、毎回、同じストーリー(記憶喪失のエージェントを元所属していた組織=CIAが狙う)というのはあまりにも手抜きな感じがする。

そしてこの作品。驚くなかれ、ストーリーはまたもや、「前3作で記憶を完全に取り返したと思ったジェイソン・ボーンだったが、実はまだ隠された記憶があった」という「どひゃーっ!」というもの。そして彼は、またしてもCIAに狙われるのである。こうなると、ほとんど「水戸黄門か!?」くらいのワンパターン感に襲われてしまう。

ポール・グリーングラスのアクションのこだわりはこの作品でも顕著であり、多分、映画史上で最もエキサイティングなカー・チェイス・シーンを作ろうとしたことはよく分かる。とにかくすごい迫力ではあるが、刺激になれてきてどんどん強い刺激を求めるかのように、鈍麻した感性に訴えるものではないように思う。

あと観終わって、案外、マット・デイモンの印象が薄いことに気付いた。ハードなアクション物をやるには、明らかに肉体的にピークを過ぎているのではないだろうか。特定のシーンでそれを感じたわけではないが、全体的に彼のアクションが地味になったように、観終わってから感じた。それもそのはず、1970年生まれの彼はもう45を過ぎたわけだから。

ストーリーがあまりにも手あかがついていて、助演陣の存在感にも全く説得力なし。CIAのエージェントで、ジェイソン・ボーンを執拗に追う殺し屋にヴァンサン・カッセル。彼は1995年のマチュー・カソヴィッツ監督『憎しみ』から好きな役者であり、たまたま最近観た『イースタン・プロミス』でもいい演技をしていた(より最近の『ブラック・スワン』『危険なメソッド』『美女と野獣』よりいい演技)。彼がジェイソン・ボーンに執着する理由も弱いし、そもそもCIAがなぜジェイソン・ボーンを抹殺するほど悪く描かれているのか説得力がない。ヒロインとして、『コードネームU.N.C.L.E』のアリシア・ヴィキャンデルが、作品の中でかなり登場頻度が高いのだが、彼女がなぜCIAの組織の中でジェイソン・ボーンを助けるのかという説得力もなし。

結論として、(『ボーン・レガシー』を除く)シリーズ第4作目にして、前作までを下回る出来の作品というのが、この作品の評価として適当なのではないだろうか。

★★★★ (4/10)

『Jason Bourne』予告編
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