その時、君はグッと下腹に力を入れて、すぐに気持ちを切り換えた。

 『詩織の病気を治さなければならない』
 そして
 『治れば元の生活に戻る』

 君はそう考えた。
 いや、そう考えてしまったのだ。

 君の状況に今の僕が考えても察して余りあるものがある。そしてその状態からすぐに気持ちを切り換えることが出来たのは、君の胆力の強さによるものだろう。

 だが君は後に気付くことになる。
 そもそも君が『治そう』と考えること自体が間違いだったことに。

 その頃の君は
 『精神病なんて気のせい』
 『気の持ちよう』
 『薬に頼っちゃいけない』
 『頑張ればなんとかなる』
 『気合いが足りない』
 と思っていた。
 仕事でもそれで乗り越えてきたという自信もあったし、一時期あった詩織の不安定な状態も結婚出産を経て良くなった。

 たかだか二十七年の人生の中で、君の経験による実績が自信となり、その自信は強い行動力に支えられた、いわば恐いもの知らずの生き方だった。

 今思えば、勢いに任せて前に突き進み、周りが見えていない、それだけの男だった。

 『心が傷付く』ということに麻痺していたのかも知れない。

 不幸には差があると思っていて自分が一番苦労していると思っていた。

 だからそれに負けないように心を鉄のガードで固め、勢いに任せて人生という道程をぐんぐん前に突き進んでいた。

 君は君なりに、それが良いにしろ悪いにしろ、 自分と家族を守る為にそう生きていたんだ。

 君に足りなかったものの一つは『経験』だ。だからこそ今僕はこの文章を綴る。

 至らなかった自分をさらけ出すことによって、自分を客観視出来るようになる。

 この文章を綴るにあたり、何度も僕は過去に潜り、薄皮を剥がすように少しずつ思考を浄化させていった。

 その期間20年を長いと見るか短いと見るかは人それぞれだが、人間は何度でも反省出来るということだ。

 君が既に始めていて良かったことは、当時の記憶を記録に留めていたことだった。

 『日記』は過去の自分との会話に繋がり、その時の自分をありありと見せ付けてくる。

 その記憶に今の自分がどう色を付けて前に進むかが鍵となる。

 『日記をつける』

 今の時代はSNSなどで簡単にブログを綴ることが出来て、非公開にも出来る。

 自分を客観視することは精神病治療方法である『認知行動療法』に於ける『メタ認知』と言い、イチローも実践している方法だ。

 これを継続してくれたお陰で今の僕がある。そこは君に感謝をしている。

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 帰りの車の中、二人とも黙っていた。

 だけどどうしようもない。

 入院と言われた。

 子供たちはどうしようか。

 仕事もどうなるんだろう。

 というか自分の人生ってなんだろう。

 詩織も気のせいではないだろうか?

 でも病気なのかな?

 本当に無理なのかな…

 そんなことを考えながら車を走らせていると、いつの間にかマンションに到着していた。

「…ゴメンね。怒ってる?」
 詩織が口を開く。

「いや?なんで?」

「…だって私のせいでこんな事になって…」

「うん。でもしょうがないよ。大丈夫、なんとかなるさ!」

「…うん、ごめんね。本当に」

「なってしまったものは仕方ないさ。後はこれからの事を一緒に考えよう」

「…うん」

 『自分がしっかりしなければならない』

 君は改めて胸にそう刻み込んだ。

 詩織が病気と判明した今、家族を支えるのは自分しかいない。

 子供たちを育て、詩織を回復させる。

 負けない。
 絶対に自分は負けない。
 愛する家族の為に、
 絶対に負けてはいけない。

 君はこの時に決意した。

 そしてこの後、詩織は格子のついた病院へ入院することになる。

 そして後に分かる。
 君の決意には覚悟が足りなかったことに。

 

続き

<隔離>①