母がまたまた転倒して頭を打ちました

玄関ドアを掴み損ね

後ろによろめき尻餅をついてから

後ろに転けて頭を地面で打ちました

慌ててかかりつけ医へ

時間外でしたが快く診てくださり感謝です

幸い裂傷もなく、たんこぶのみのようで一安心

だけど、

そうは問屋が卸さない。。。

腰の骨が圧迫骨折してる
脳内出血してる
首がずれた

自分で不安を煽りだす

医師が大丈夫だというのに聞かない

困り果てた医師が

「もう色々限界かもしれませんね」

これって

仕事やめて隠居生活しろという事なのか

切ない

母は何で奮い立たないのか

85歳という歳のせいなのか

私なら「これくらいで負けない」と思う事も

母にとっては生きるか死ぬかになる

昨年の秋

私が手の甲を骨折しても

仕事をやり続けた時

本当は休みたいし動かしたくなかった

だけど、休むと母から仕事を取り上げる事に

母から仕事を取り上げると何も残らない

趣味もなく

友達もなく

知的好奇心もない

仕事をやめると

1ヶ月で痴呆になること間違いなし

父の会社が倒産し路頭に迷いかけた昔

母は実家に帰る事より

自分の力で私達を守る決意をした

幸い母の実家は裕福だったので

取られそうになった家を買い戻してくれて

お店を作ってくれた

それが今のお店

田舎者だけど

何不自由なく暮らしてきた母の幾つ目かの試練

母は40歳で美容学校へ通い美容師になった

その時の事を今でも覚えている

若い人達にまざり

当時の美容専門学校昼日科は

1年間だけだったけれど

衰えた脳みそにムチ打って勉強していた姿

まさに母は強しの一言に尽きます

真面目なA型は学校内の試験で

誰にも負けたくないがゆえ

試験の前の日は徹夜とかしてた記憶もある

元々手先が不器用な人間が

今より難しかった国家試験の実技に

合格したのも奇跡なのかもしれない

あれから45年

私は母と30年近く一緒に仕事をしていて

母の凄まじい根性を幾度となく見てきた

兄への仕送り

私の学費や留学費用

全て母の細腕繁盛記のおかげ

とても繁盛してたのでそれも可能だった

偉大だと思うし

感謝もしてる

私のいろんな尻拭いもしてもらったね

だから私は母に尽くさずにはいられない

できれば余生を

楽しいことで埋め尽くしてあげたいけれど

母はそれを望まない

母には「仕事」しかない

中年女が一念発起して掴んだ美容師免許は

私が若い頃取得した

美容師免許とは比べ物にならない

「重み」が違う

だから美容師免許に

異常に敏感になってしまうのかもしれない

今の母のできる仕事は

お店を開けてお店を閉める

タオルの洗濯

そしてお客様とのお喋り

それだけでも85歳には大変な事なんだろうな

これを綴りながら

自分への戒めにしようと心に誓う

その日その日を大切に過ごせるように

母に寄り添いながら

生涯現役を貫かせてあげたいと思います