よく 誰それの資産はいくら とかいう数字を見る。


ものすごい金持ちっぽくても 金持ちほど 資産は 庶民と大差はないのかもしれない。


たとえば、 会社のオーナー。


資本金1000万円(非公開会社)の会社を立ち上げて その支配的な株主になっておけば、


その会社が 100億円の資産を 購入しても


そのオーナーの資産にはならない。


しかし、 実質 その100億円の資産を 支配的に運用しているのは


オーナーということ。


一度 そういうオーナーという立場になれば、 そのご子息は 資本金1000万円の


株式を相続するだけでいい。


しかも 経営は 優秀な社員に任せるという。


みんな 知っていることだとは 思うけど、 身分社会は 完全に成立している。


経済が成長すれば 新たな そういう身分に成り上がれると信じて


一般の人たちは 努力をするというのが この社会の仕組み。


また 一般の人たちは 自分自身では その資本家への道を 早々にあきらめ、


株式という手だてではなく なんと 絆(きずな)で うまみを吸うため


自分を 化粧してまで 男も女も 友情だとか 愛情だとかで 立ち回っている。


しかし


身分社会が成立すれば たとえ 子孫が 優秀でなくても いいと思っているのが、


戦後の成金資本家たちの 大いなる勘違いと なるかもしれない。


今年は そういうことが あり得るのではないかと思わせる 気配が


成立した法律や 国際関係をみても 感じるのだ。


みんなが 健全な 競争と 協力関係で この日本を 再び復興するためには


日本は 小高い山を削り 大きな 荒波を防ぐべく やり直すときが来ているのだろう。


あまり 悲観することは 無いのではないか と 思う。