時々 家の電話に 食品や 発電や 保険などの 勧誘電話がかかってくる。



必死に 話を聴いてもらおうと 話してくるので お断りも丁寧にして



しっかりと断る。



だって 必要ないし もし良いなと思っても 顔が見えない限り いきなり電話から



商談へ 営業マンが来られたり いろいろ郵送されたりする展開を想像すると 怖くなる。



つくづく こういう商売をしている人たちが 気の毒になる。



たとえば、 食品なんかは 日本国内での消費量を増やす 使命を感じて



電話をかけてきたりするんだろうけど そんな使命感を満たすような 容量は



この日本には望めないんではないだろうか。



だから 消費者に 無駄な企業 無駄な職業 と 少しでも思わせる人たちを減らしつつ



そういった人たちに仕事を与えるためにも 新しい産業や 新しいビジネスモデル というのを



たくさん たくさん 一人ひとりが考えて 発表しなくてはならない。



その目的が このブログの 三つのテーマのひとつになっている。



殖産のために・・・。



みんなに 考えてもらいたいんだけど たとえば こういうのはどうだろう。



電柱の地中化 という話は 以前したけど



電柱の地中化は しないほうが良いのでは という考え方もある。



それは 日本が災害が多い国だから。



江戸の町は すぐ火事や地震で破壊しつくされるので すぐ再建できるような 建造物ばかりだった。



災害後 一週間もすると あらかた町の機能は回復した。



電柱地中化は 町の機能回復を 遅らせる恐れがあるという話なのだ。



なら電柱に目をつけて 殖産を考えてみよう。



江戸時代 村や町は 相互に協力し合っていたんだけど 今の世の中



ご近所同士 江戸時代のような協力の仕方はできない。



というのも 江戸時代と違い 家ごとに 同じ地域でも 宗教やら生活様式がまったく異なることが多い。



しかし そういう状態は江戸時代にもあって もし 違う考え方や 生活様式を破壊する家があったら



その場合は 村八分となった。



だけど 村八分は 防災に関しては 必ず近所として 協力し合った。



逆に当てはめてみて 現代でも 村や町の住民は 防災 また 防犯 に関しては



協力する仕組みを整えなくてはならない。



そこで 自治会などでは 組ごとに シェルターを掘るお金を みんなで出し合って



そのシェルターに 水や食料を備蓄するなどしたらどうかと 思う。



いくら分担したとしても 掘るのにお金がかかるとはいえ ファイナンスに関しては



うまくやる方法はいくらでもありそうなので これも多くの人の知恵の出しどころだと思う。



また電柱は 家屋と家屋 区画と区画を区切る 支柱でもあり その支柱を使って



延焼を防ぐなどの方法を編み出し そこから 都市部の自治組織に売り込むことも可能だろう。



最初に話を戻すと



消費量を増やすために 必死になる 小企業というのは



定着した産業にも 必ずある。



しかし 必死になればなるほど、 その産業の中で シェアの大きい企業の思う壺になりかねない。



というのは 消費者も 大企業も 基本的に平和を望んでいて



営業=荒し というイメージを植えつけることが 顧客防衛という名の 消極的営業として



大企業の専売特許になっているから…。



このことを理解したうえで 追いかける企業は 必死に戦わなくてはならない。