クリアしなければならないことがいくつもあった。

①オフィス探し
②環境の構築
③人材の獲得

①については、社長と相談させていただきながら、大阪にも一緒に行っていただき、いくつかのオフィスを見て回り、現在のオフィスを見つけた。
②については、管理部門のスタッフがしっかりサポートしてくれたおかげで、自分がそんなに苦労することはなかった。
でも一番重要なのは③。
ディーラーがどれだけ参加してくれるのか?
どんなディーラーが来てくれるのか?
立ち上げ初期、一番大事で難しいとき、柱になりえるディーラーが必要だった。
そして自分がこだわっていたのは、大阪ディーリング室のマネジメントを任せられる人を見つけること。

出来れば元ディーラーであって欲しい。
ディーラー達の気持ちを理解し、ディーラー達に愛情を持ち、時としてその愛情をもって叱ってやれる。
そして自分の保身や、過度な保守的な管理をせず、戦うために必要なリスクを取らせてやれる。

大阪の人材が劣っていないにも関わらず、ディーリング業界がここまでシュリンクしてしまった背景には、それが出来ていない会社があまりにも多かったからだと自分は考えていた。
それを打ち壊し、ディーリングはまだまだ稼げるし、ディーラー達はまだまだ戦えるのだと示すためには、とても重要なポイントだった。

「誰かいい人いないかな?」

マーケットフォーラム大阪のきっかけを作ってくれた後輩に相談し、か細かったその縁はかけがえのない縁へと変わっていった。
自分はどうやらおっちゃんを口説くのが得意らしい(笑)

一人、また一人と人が集まり、大阪ディーリング室は立ち上がった。
そして数ヶ月で、初期コストも吸収し、利益を生み出す部門に成長してくれた。
だからこそ翌年にはシンガポール拠点設立という次の一手をすぐに打つことが出来た。

それを実現出来たのは、大阪のみんなのおかげ。
自分はきっかけに過ぎない。
その舞台を作りはしたが、主役はそこに集まってくれた一人一人のメンバー。
本当に感謝しているし、マーケットフォーラム大阪立ち上げから始まった大阪の人達との交流は宝物だと思う。
大阪が大好きになったし、とても好きな人達が沢山いる場所だ。

でも今後仕事で来る機会はこれからほとんどなくなるだろう。
今回は公私に渡って仲良くしてもらった人達に出来るだけ会っておきたくて、連日深夜まで飲んでる。
喉もガラガラ(カラオケの歌いすぎで…)。

あとはみんなに委ねて、自分はまた新たな挑戦へと向かうことになる。