失恋と恋心に矛盾を愛して生きていこうと思った話
最近失恋をした。失恋て何度やっても慣れない。何度やったって、これ知ってる痛みだなーーーなんて頭でわかってたってやっぱりすごい辛い。もう1日の大半がこの失恋による喪失モードに思考を奪われてしまう。気を紛らわせたって、気づくとこのモードに入ってしまう。身体のどこかにこのスイッチがあって、自動オンになってしまうのだ。今回の失恋でやってみたこと。それは、このモードに入ってしまった時には、しのごの言わずとことん付き合ってみること。もう自動オンなんだもん。ネガティブになるのはしょうがない。わたしのせいじゃない、スイッチのせいだし。あーーー悲しくて辛いー泣く。死にたい。でも生きるけど。もうほんといやだ。とにかく痛い。心が痛いーーはぁーーーいたい。。。クリープハイプが、百八円の恋の歌詞とか痛すぎると、もう前向きとかを放棄した。諦めた。今のわたしは痛がりたいんだ、って悲しみたいんだって飽きるまで繰り返した。いや、正確には今も繰り返している。でもそうやって喪失モードでいることを自分に許可できたことがなんだかホッとさせてくれたりもする。悲しいんだけど、悲しいを受け入れてあげれたことが嬉しくて決して気分のいいものでなはない、このイガイガとした感情にとことん付き合うよ!と言えた自分をたくましくなったなぁーとさえ感じている。これからもきっと悲しいこととか辛いことがあるんだろうけど、その度にわたしにはこうやってそれに付き合ってくれる自分がいるんだ。っていう安心感。悲しんでもいいんだってゆう安心感。たぶん、こんなこと考えずとも当たり前にできる人はいるんだろうけど、今までオートスイッチを無理に切ろうと頑張って努めていたわたしにとって、この変化はとても大きい。原因探しをして、わたしが悪かったとか自分を責めてみたりいやいや相手が悪かったんだと相手を責めることで痛みを麻痺させようとしたりはたまた、このことにはなんの意味があるんだろう?なんで出会ったんだろう?相手は今どう思っているんだろう。などと答えの出ないことに頭を悩ませてみたりもうこんなこと考えるのやめよう。前を向こう。仕事しよう。男なんていくらでもいる。よし、切り替えよう!なんて、、、、していたなぁーーーーー。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして少し視点は変わって、基本的に、好きって気持ちはこの世界でトップレベルで尊いことと思っていてそんな体験をできたことへの感謝?とゆーか誰かを好きになるってやっぱりすっごい楽しい!!!って気持ちもあって。だから、ネガティブの狭間でも恋できてよかったね!めちゃくちゃ感情動かせていろんな自分をみれて、ほんとに楽しかったね!!!なんて声も聞こえてくる。うん、知ってる。そーだよね。その通りだよ。ありがとう!!恋い焦がれた彼よあなたのおかげでめちゃくちゃ楽しかったよと思う。本心で思う。でも、それと同時に、そんなことは100も承知の上で、今はとにかく辛すぎるもうまじで辛い、痛いなんでこんな想いしなきゃなんないのまじでくそったれあーーーかなしいよーーーーーーーーとも思う。そして、このどっちもがわたしなんだなって思う。どれも本当の気持ちなんだなって思う。自分から湧き出てくる気持ちって矛盾していたり、辻褄が合わなかったり支離滅裂だったりする。好き!でも嫌!すき!でもむかつく!こんなわたしに一体なにが本当なの?なにがしたいの?どーしたいの?って自分で自分を無意識に責めてどちらか選ばなきゃいけないと思っていたけれど、今回の恋でよくわかった。そもそもわたしはフォーマットで支離滅裂だったこと。そもそもわたしは矛盾した極端な考えの両方を採用する人間だったことそしてそんな自分のこと面白がって可愛がりたいんでしょ?ってことそれを、とても感じた恋だった。もう意味わかんないわたしを認めよう。もう矛盾を愛していきよう。支離滅裂のまま矛盾したまま熱さだけは持っていこう。ビビリだけど。でもビビリながらもわたしを生きよう。はぁ、ここまで書いてみて、傷心喪失モードが一旦今はオフになった気もしている。そして拝啓、恋心さま。また近いうちにお会いしましょう。何度だってわたしはあなたに会いにいくよ。