梁上の君子 | 呑気じじいのひとり言

呑気じじいのひとり言

不思議な時代になっちゃった!

旧制中学の時代、

今の高校でもあるのか知らないが、

漢文の時間があった。面白い先生だったな。

 

 

小柄の先生で、あだ名が

小大人 (コトナ)』先生。

 

 

 

よく

”論語読みの論語知らず” と言わるているが、

まあ確かに、

良い事や教訓になることがらを学ぶための授業だったのだが。

 

 

たとえば、

”己(おのれ)の欲せ(ほっせ)ざるところ 人に施(ほどこす)なかれ” 

とか。     

 

 (余談ですが己、已、巳、という漢字の書き方で、

子供の時、覚えさせられたのが、 

おのれすでに中ばに、はふさぎ、と)。

 

 

今思うと、

当時の中国に対して、我々日本人は彼らを下に見ていたから、

その中国の教えをそれほど真剣には聞いてはいなかった。

 

 

日本も漢字だから、見れば大体の意味は解る。

返り点などで読み方が違う部分もあるが、

有名な誰でも聞い事のある

 

 

”子曰く(し、いわく)

有朋自遠方来 人不学不知道

友あり遠方より来たる、  人学ばざれば人道を知らず” 

 

 

子いわくで始まる孔子が言ったと伝えられる文言。

当時、これを中国語で随分教えられた。

 

 

もうすっかり忘れてしまったが、

中国がこんな大国になるなら、

もっと、勉強しておけばよかった。

 

 

 しかし、いつから ”中国” と言う様になったのか。 

英語でもチャイナ 『China』 で、

オリンピックの入場式でもチャイナという呼び方だった。

 

 

(当時は、日本軍が南京陥落で勝ち続けで、

祝勝の提灯行列まであったほどで、

子供だったボクも手を引かれて、その長い行列に参加させられ歩いたことがある。

とにかく周りのみんなが「支那ぽこぺん」と中国のことをバカにしていた)

 

 

そうして育ったから、漢文なんてと、

つい思ってしまっていた。

 

 

そしてその漢文の中では、よく君子が出て来た。

 

 

コトナ先生が言った君子に付いての説明の中で、

今でもはっきり覚えているのは、

「君達が君子についても絶対に忘れないのを請け合うが、

君子のなかで”梁上の君子”とは泥棒の事を言うんだ」 と。

 

 

その言葉通りで、それだけは今だに忘れない。

 

 

本なんかを万引きして来る奴を、

”梁上の君子”と言ったりした。

 

 

もう時効だが、

当時、学校の近くに一軒しかない本屋で、

仲間たちと万引きするのが流行ったことがあった。

成果を教室で見せあって、翌日そっと返しに行ったり。

 

 

しかし、ある時ついに見つかり、

犠牲になった君子は1週間の停学処分になった。

 

 

彼もまだ健在。

 

 

長く生きていると思い出は多い。

 

 

 



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