「田村さん、忙しそうですね。」
類さんが、閉まったドアを見ながら言う。
「はい。でも、楽しそう。」
おいらが、そう言って見上げると、類さんがクスッと笑う。
「そうですね……確かに、楽しそうだ。」
「ええ、田村さんは仕事が大好きだから。おいらには無理だけど。」
おいらもクスクス笑う。
「サトシさんだって、やるとなったらとことんやるように見えますよ?」
「は、はぁ……そこまでのテンションになることが、あんまりなくて……。」
「そうですか?今回のイベントは、そこまでのテンションになってもらわないと。」
類さんが、またクスッと笑う。
「も、もちろんです。」
とは言っても時間に追われるのは苦手だしなぁ。
おいらがちょっと眉を寄せたのを見て取って、類さんがクスクス笑う。
「いいですよ。やりたいようにやって。後は俺なり、田村さんがフォローするから。」
「あ、ありがとうございます。」
語尾がだんだん小さくなる。
仕事なんだから、ちゃんとしなくちゃいけないのはわかってるんだけど……。
描くのは仕事ってだけじゃなくて、描きたくならないと描けないから……。
「大丈夫ですよ。」
類さんが、いつの間にか下を向いていたおいらの頭をポンポンと撫でる。
「あなたの世界を、好きなだけ表現してください。
俺も、ファンも、それが見たい。」
「類さん……。」
おいらが見上げると、ちょうどエレベーターが1階に着いた。
田村さんの言っていたてんぷら屋さんは、すぐにわかって、おいら達は2階に案内される。
2階には、まだお昼前だっていうのに、数組のお客さんが入ってる。
大きな看板に嵐山と行書体で書かれてて、ちょっと高そうなお店なのに、
ランチは手ごろなお値段だったから、当然?
さすが田村さん!
道すがら、前にいたマンションの話になって、
類さんは下の階に住んでいるマリナちゃんに、たまに会うという。
「そぉかぁ、マリナちゃん、櫻井さんのファンなのか。
前は俺が好きって言ってくれてたのになぁ。」
笑いながら、おいらの前の席に座る。
「うふふ。マリナちゃんは面食いですね。」
「どうりで、今年のバレンタインは来てくれないと思ってた。」
メニューを見ると、ランチは一種類しかやっていなくて。
お冷を持ってきてくれた店員さんにそれを3つ注文しておしぼりを受け取る。
受け取った時、店員さんの頬がポッと赤くなったような気が……。
気のせい?
すぐに店員さんは行ってしまい、
前に座った類さんはおしぼりで手を拭きながら、おいらをじっと見つめる。
「何か……変ですか?」
おいらは髪を弄って、ちょっと視線を外す。
「いや……、やっぱりいつもと違うと思って……。」
「そ、そうかな……。」
まだ、朝の熱が抜けきってないのかな……、恥ずかしい……。
「今の……お店の人もサトシさんにあてられてたでしょ?」
「……そんな……。」
もう、ショウ君!
ショウ君のせいだからね!
おいらはさらに恥ずかしくなって、膝の上でおしぼりを広げる。
「サトシさん……?」
「……はい。」
顔を上げず答えると、類さんのクスッと笑う声が聞こえる。
「そんな風にする姿も可愛すぎるけど、できれば顔を上げてくれませんか?」
チラッと視線だけ上げる。
「もう、言わないから。」
また類さんがクスッと笑う。
「……ほんとに?」
「ええ、言わずに……見て楽しみます。」
類さんがイケメンな顔を作って、ニコッと笑う。
「る、類さんっ!」
おいらが大きな声を出すと、お店の中の人が一斉に振り返る。
あっ、と口を押えて下を向く。
それをニヤニヤしながら見ている類さん。
ん~、類さんってちょっと意地悪?
お客さんがそれぞれの会話に戻っていくのを確認して、
おいらは小さな声でつぶやく。
「類さん……フォローしてくれるって言ったのに……。」
「それは仕事の話です。プライベートは櫻井さんにお任せしないと。」
まだニヤニヤ笑ってる。
「そんな風にサトシさんが可愛くなるのも、櫻井さんのおかげでしょ?
だったら、櫻井さんにお願いしないと。
助けるだけなんて、割に合わない。」
類さんがニヤニヤしながら、お冷を口にする。
「もちろん、俺のせいで可愛くなるなら……俺が責任取りますよ?」
イケメンが……ニヤリと笑うと……、ほら、どうしていいかわからなくなるから!
そこへ注文したてんぷら御膳がやって来て、おいら達が食べ始める頃、
顔を上気させ、はぁはぁしながら田村さんがやってきた。