てんざえもんの哀しき告白 -34ページ目
ボクは、二宮尊徳から貝原益軒、大学・中庸、朱子と陽明、孟子、論語とたどっている途中であるが、この一連の儒教探求の中で、日に日に興味が湧くのが朱子学の大成者、朱子である。今、朱子の思想がしりたくてワクワクしている。でもどこから手をつけていいのかサッパリ分からない。とにかく、図書館に通って、色々朱子の本に当たるしかないと思っている。
朱子が、儒教をどう捉え、どう発展させ、朱子学を作ったのか探求したい。

ボクは、まだ儒教を探求し始めたばかりだ。だから知的好奇心でいっぱいである。

正直、儒教には、偏見を持っていた。仏教よりも価値が低いものと思っていた、しかし、国を治め、人間を修める深い思想と感じている。つまり、政治思想と直結しているのである。どうして粗末にできよう。温故知新である。



儒学は、儒学の著作を読むことによって、心が正されるが、反面、己の性分が明らかになる。すなわち、己の限界を知らされる。つまり、己の仁性が明らかになる。
さて、そこからが問題なのだ。自分の仁性をどう社会に還元出来るか?
ボクの場合、福祉目的の消費税という形で還元出来ると思った。
儒学は自分の政治思想を確立させるのにも有効である。

儒学は自分の鏡でもある。

仏教は己のある種の認識を覚醒させるのみだが、儒教の場合は、その範囲が社会に及ぶ。



やっぱり手抜きは良くない!
コーヒーメーカーに付いてきたスプーンが一体何グラムのコーヒー粉を一度にすくうか計ってみるべきだった。
今回思い切って計ってみたら、7グラムだった。
だからスプーン約2杯ぐらいがアイスコーヒーに適しているのだ。
実際作ってみたら、やっぱり、結構美味い。たっぷりの氷に注いだコーヒーは、アイスコーヒーの味がした。これから…イケると思った。

やっぱりおっくうがらずに。
手抜きは損をする!

学問もそうで、分からない語句があったら手抜きせずにこまめに辞書を引こう!



ボクはアタマがよくないので、損をする質だと考えてる。
マネーゲームなどサッパリ分からない。
ニュースで、米の先物取引が始まったと報じていた。お米で、儲けようとしている人たちが買いあさっているようだ。
国民の生命の源である食べ物がマネーゲームの道具にされている。ボクは、それは、人としてなんか許せない。値段が高価になったら、生活に支障が出来てしまう。
自由至上主義的資本主義には賛成できない。
食糧をマネーゲームの道具にすることには反対である。

いくら仁徳のないオレでも、いのちに関わる食べ物を人為的玩具にされるのには腹が立つ。



今、思うに、儒教の博愛には、仁と孝があって、前者はキリスト教的博愛で、後者は区別的博愛である。つまり、孝は階級別仁と言えるのではないか。
孝経を読んでの感想である。

孝の字を見ると、子が老人を支えていると見ることが出来る。これは自然の情愛と言えるのではないか。


今、社会は、少子化・高齢社会で、老を身内が面倒を見ることが難しくなっている。社会が分担して面倒を見なくてはならない社会になってきたのではないか。それを充実していくには、社会の意識改革しかないようだ。その意識改革の重要なイデオロギーを儒学が担うのではないかと思う。