国を愛するこころの体現化はなんであろうか?保守系の思想では国防であろう。しかし、民を優先する思想では福祉である。社会福祉の体現化こそ国を愛するこころが生じると考える。
思うに、孔子も民や国を思うこころが論語として残っているのだろう。
国防も大事だが、社会福祉はもっと大事だ。生活の安定が家族の安定になり、人口の増加にも繋がる。
ある意味、今の借金財政は、国民の責任でもある。お金を将来に向けて貯えられる国家にしなくてはならない。今、財政が苦しいと言われいるが社会福祉・保障を犠牲には出来ない。増税もやむを得ないのである。
日本は長期的にみて福祉国家を目指したほうがよく、その教育的思想として、儒教が相応しいと考える。
儒教は人に優しい思想である。
最近は、もっぱら儒教に関心がいってるので、論語を読む機会が多い。
論語は、孔子や門人などの語録であるが、どういう文脈で語られたか分からないので、その文だけだと意味が解らない。現代語訳も載っているが解らない。結構難しい古典である。正直素直にこころに響かない。論語を教える先生がほしいところだ。
しかし、徳とは何かを考えるにはヒントになりそうな本である。
人が居心地良く、生活しやすい社会は徳を本にすると思う。
論語は、孔子や門人などの語録であるが、どういう文脈で語られたか分からないので、その文だけだと意味が解らない。現代語訳も載っているが解らない。結構難しい古典である。正直素直にこころに響かない。論語を教える先生がほしいところだ。
しかし、徳とは何かを考えるにはヒントになりそうな本である。
人が居心地良く、生活しやすい社会は徳を本にすると思う。
大学時代に、ある先生が、君たちのちからは無限大だ。と喝破した。ボクは、次回からその先生の授業には出なくなった。なぜなら、ボクは、前年に、デカルトの有名なテーゼ私は考える、故に私はある。から人間の思考には限界があると認識していたからである。つまり、人間の能力には限界があることをある意味知ってしまったからだ。
哲学の語ることばには、宗教にはない真実があり、宗教以上にこころの救済思考があるこ とを体験的に知った。
ボクは、それ以来、信心より思想の思考に感じ入ってきた。
今の儒教探求もまた然り。
哲学の語ることばには、宗教にはない真実があり、宗教以上にこころの救済思考があるこ とを体験的に知った。
ボクは、それ以来、信心より思想の思考に感じ入ってきた。
今の儒教探求もまた然り。
マイブームなのが、ネスカフェのエクセラと牛乳で作るアイスカフェラテである。美味い。エクセラの苦味がクセになる。
おいしいな!
ドリップ式で作るアイスコーヒーは、使う豆の量で味が微妙に変わるので、意外に難しい。
きょうは、作ってもらったフライドポテトがおいしかった。
おいしいな!
ドリップ式で作るアイスコーヒーは、使う豆の量で味が微妙に変わるので、意外に難しい。
きょうは、作ってもらったフライドポテトがおいしかった。
俺、人を愛しても、人から愛されない。
だから、孤独。
友人も去っていった。
孤独。
外食を誘う人は一人いるけど、外食に誘ってくれる人はいない。
孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独
だから、孤独。
友人も去っていった。
孤独。
外食を誘う人は一人いるけど、外食に誘ってくれる人はいない。
孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独孤独