「いらっしゃいませ〜!尾崎さん!」

スタッフの声のトーンが1段階高まった

自分の卓に入っている常連2人も立ち上がり、入り口の方向に30度のお辞儀をした

釣られて立ち上がってしまったたわしもその人物をマジマジと見つめていた



まるでブラウン管の砂嵐の中から出てきたような異様な存在感

第一印象は強烈な違和感…まるで見てはいけないモノを見てしまったような鳥肌が全身を覆った

眼鏡は顔の一部のように馴染んでおり、顔のシワの一つ一つはくぐり抜けてきた数々の修羅場を感じさせた

お互い名乗らなかったが、目があった時、俺は察した

その人こそ、チャンマスだった

「君がマキオ君だね、なるほど…。思っていたより若い…が、麻雀は年齢ではない…早速、お手合わせ願えるかな?」

常連のうち1人が、「自分!卓移動しますよ!!ささっ、どうぞ!!」と慌てて立ち上がった

中野ラブリースマイルの空気は一変し、あまりの緊張感にたわしはタバコを逆から加えて火をつけようとしていた



「マキオさんは普段レートが乗っている麻雀を打つんですよね。なら、健康麻雀の麻雀牌は軽く感じるかもしれません。ですが……」

チャンマスは少し飲み物を口に含んだ

「真剣に打つとそれなりに変わってくるものですよ。一打の重み。せっかく中野にいらしたんだ、何か持って帰って欲しい」

麻雀は1人でもふざけると対局の質、もっと簡単に言えば他の3人は楽しめなくなってしまうものだ

勝った、負けた……普段はそのことしか考えず、麻雀をプラスマイナスという無機質な記号で捉えてきた俺はとたんに恥ずかしくなった

この男はそんな勝ち負けの外にいる

そして皮肉なことに誰よりも勝負というものの近くにいる

しかし、東1局、5m 5s 5p と河に並べた男がゆったりとした声で語った言葉は衝撃的だった

「私はね、タンヤオを禁止しているんです。あまりにも簡単すぎますから」


""違和感""……""あり""


俺は自分の心臓を素手で撫でられたようなザワザワとした奇妙な感覚に襲われた

7巡目、ドラの6pも当然のようにツモ切ったチャンマスの下家にいた俺はリャンメンでチーをした

しかし俺は鳴いたのか、はたまた鳴かされたのかは分からなかった

13巡目に当たり牌の4sが飛び出た時はトイメンのたわしは目ん玉が飛び出かねないほど見開き、口をポカーンと開けていた

「ロン。満貫の1枚です」

結果的に上がれたものの、受け取った点棒以上に俺の中の違和感は蓄積していった

もしかしたら上がった気になっているだけで上がらされていたのかもしれない

俺は観音様の手のひらの上を飛び回っている孫悟空かもしれない

この男の麻雀は4〜6を切り捨てるため、果てしなく狭いが、それゆえ深く、底は見えなかった

次局、またもチャンマスは狂ったように河に456を並べ続けた

たわしが先制リーチを打つと宣言牌の9sを見て「チー。ここからが私の仕事です」と不敵な笑みを浮かべた

当然のように河に6sが切ってある78sを晒した

そこからまたも456の連打、最後のツモ牌を見てたわしの顔はパグのようにクシャッと歪んだ

「ロン。チャンマス三色ドラ1。3900」

さっきまでのスムーズな点棒移動をしていたたわしは死んでいた

雷に打たれたような表情で点箱を漁り、あまりのショックに3900を丁度で払いかけていた

歌舞伎町の東風のお店で働いていた頃、『本走マシーン1号』と書かれた名札を堂々と胸につけたまま買い出しに行っていたあの頃のたわしはいなかった

抜け殻のようになった彼を見て、チャンマスは、「彼にあったかいおしぼりを」とスタッフに声をかけた



チャンマスの麻雀はまるで宇宙だった

4半荘で親リーチの宣言牌の9をダイミンカンするのを2回見た

ハイテイで無筋を叩き切って堂々とノーテンで伏せた

所作はとても綺麗だったが、なまじ丁寧なばかり打ち出される驚愕の中張牌が目立った

リーチは滅多にかけず、面前で上がったのはダマの平和ドラ1とダマの5200

そして、一緒に打った4半荘、チャンマスの着順は4 4 4 4だった



「今日はありがとうございました。またいつか会えますよ。お互いに牌を握っている限りは神さまが巡り会わせてくれるはずです」

俺は深々とお辞儀した

麻雀こそ異様だったが、現実のチャンマスという男は物腰の柔らかい紳士そのものだった

彼は今も中野で打っているのだろう

俺たちが19字牌を整理している間、この世のどこかでは456を並べている男がいるかもしれない

また会えるか会えないか、それは分からない

麻雀の神さまが決めることだ