その日私は夫と一緒にデパートに来ていた。
デパート内のカフェでコーヒーを飲み、そのあと女性下着のコーナーへ行った。女性下着のコーナーの前に夫を待たせて、私だけ下着売り場に入った。ストッキングと下着を買おうとレジに行くと正面の通路に見慣れた男性がいる。 あ、彼だ!

それは以前、3年間同棲していた元カレだった。彼とは夫婦のように暮らし、妊娠したこともあったのだ。結局彼とは別れてしまったのだが、私には忘れられない特別な人だったのだ。私は夫の方に目をやった。夫は通路横に設置してあるベンチでスマホを見ている。もし元カレが私に気がついて話しかけられたらどうしようと心配した。

・・いや、待って?  そんなはずは無い・・
・・あれから20年も経ってるんだ、もし彼なら50代のはずだ・・
・・あれは30才ぐらいの昔の彼だ。これは時間差の他人の空似だ・・
・・でもあの人はあり得ないくらい当時の彼にそっくり・・

私は過去にタイムスリップでもしたような不思議な感覚で彼をまじまじと見つめた。
その時彼が私の視線に気が付いた。そして彼は私を見てニコッとほほ笑んだ。笑うと頬にえくぼができる、それも当時の彼と同じだった。彼は右手を上げて「よう!」と言った。そして私の方にやって来て私の横を通り過ぎたのだ。

まるでスローモーションの様にゆっくりと通り過ぎる彼の後姿を目で追った。その向こうで彼に手を振る若い女がいた。その子は20年前の私にそっくりだった。
・・え!? あれって、私?・・
一瞬、昔の自分たちに出会った気がして目を凝らしたが、その時は二人は雑踏の中に消えていた。
・・いったい私はいつの時間に居るのだろうか・・わたしの周りで時間が意味を失って、ざわざわと揺らめくような気がした。現実だと思ってるこの時間の不確かさに、私は動揺し立ちくらみに襲われたのだ。

「どうしたの?」
振り返ると夫が立っていた。

「なんか、昔の知り合いに似てたような気がして・・」
「そうか・・おれ腹減ったよ、なんか食べに行こようよ。」
「うん、そうしよう・・私もお腹がすいて倒れそう。」
私はそう言って、何かを確かめるようにそっと夫の手を握った・・

・・幻想と現実が混在する不確かな時代の中で・・
・・夫の手は私を現実に繋ぎ止める僅かな接点なのだ・・
そんなふうに考えながら夫の手を強く握りしめたのだった。