【最近読者になってくれた方へ】
今回の記事は途中まではスピリチュアルと無関係に思えると思いますが、多くの人に参考になるディープな話が多々含まれていると思うので、ぜひ最後まで読んでみてください。
今回の話は1人の女の壮絶な生涯ですが、前回の記事「No.1ホスト堕深闇の功績」の続きとしてご覧ください。
ニャオレンジャーの生涯
■ニャオレンジャーからの誹謗中傷
■ニャオレンジャーとの歴史①
■ニャオレンジャーとの歴史②
■ニャオレンジャーとの歴史③
■ニャオレンジャーのストーカー化
■ニャオレンジャーからの絶縁宣言
■ニャオレンジャーとの歴史④
■ニャオレンジャーへの恋愛説法
■ニャオレンジャーへのビジネス提案
■ニャオレンジャーとの歴史⑤
■ニャオレンジャーの最期
■ニャオレンジャーの死後
■ニャオレンジャーの自殺の真相
■ニャオレンジャーからの誹謗中傷
天下のダミ太郎です。
前回の記事では「先輩からの評価」「店長からの評価」「店長のお客さんからの評価」を載せましたが、ホスクラの掲示板などでも僕の好評はあっても悪評はありませんでした。
ただ1人を除いては……。
検索すると、こんな掲示板が出てきます
↑これは僕の愛弟子であり、過去№1ストーカーでもあったニャオレンジャーの投稿です。
ニャオレンジャーのことを知らない読者もいると思うので、簡単に紹介しておきます
■ニャオレンジャーとの歴史①
本名は「ナオミ」ですが、本人が「猫臣(ニャオミ)」と名乗っていたので「ニャオレンジャー」です。
僕がまだ京都に住んでいた頃(23歳の時)、出会い系サイトで大阪のニャオレンジャー(当時13歳)と知り合いました。
写メを送ってもらうと、13歳とは思えないほど大人っぽくて18歳くらいに見えて、しかも激カワでした
実際に会ってみると全然別人で、しかもノーメイクで、どう見ても小学生にしか見えなくて、完全に騙されました
写真はお姉ちゃんとのことでした(本当かどうかは知らないけど)。
ニャオレンジャーは僕に熱愛しましたが、僕からすると子供過ぎたので、年に1回くらいのペースで会って交尾するだけの関係でした。
いや、だけではなく、カラオケに連れて行って酒を飲ませてあげたりもしました
今考えれば、中1女子に飲酒させたり、ラブホでお泊まりしたり、ムチャなことをしていたものですが、僕が中学の頃はそれが普通だったので罪悪感はありませんでした
むしろ、ニャオレンジャーを楽しませるためにしていたことですが、ニャオレンジャーの母上に警察に突き出されそうになったこともありました
(僕は捕まらない宿命ですが、ニャオレンジャーが止めてくれました。)
しかし、当時の僕はまだ20代前半だったからいいけど、今の歳で13歳の女子と関係を持ったら完全に犯罪ですね^_^;
さて、ニャオレンジャーから送られてくる熱愛メールが過激になってきて、少し怖くなって距離を置きました。
数年後、僕が25歳の頃、「年賀状送りたいから住所教えて」と言われ、特に警戒もせずに住所を教えました。
僕は彼女の魔鬼(マキ)と同棲していたのですが、そこにニャオレンジャーがアポなしで訪ねてきました
ピンポンが鳴って変な胸騒ぎがして、慌てて玄関に行って覗き穴から覗くと、ニャオレンジャーだったので部屋に戻りました
魔鬼に「誰?」と聞かれたので、「シーッ!サラ金の取り立てやから静かに!」と言いました。
(あれっ記憶が曖昧で、当時、魔鬼はあまり帰ってこなくなっていたので、大阪の女友達の魔王(マオレンジャー)が来ていた時かも知れません)
そしてニャオレンジャーに、「久しぶり!今大阪に来てるけど何してる?」とメールして、僕の家の玄関の前から退散させました
(これも記憶が曖昧で、そのタイミングで僕がそのようなメールを送ると怪しいので、後輩の並木にそのような内容のメールをニャオレンジャーに送ってもらったような気もします。)
僕はいつもメールしながら寝落ちしていたので、魔鬼は僕の携帯のメールチェックをしていました。
僕は魔鬼と一心同体だったので、お互い何も隠し事はなくオープンにしていました。
数多くの女との浮気については黙認されていたけど、何故か魔鬼はニャオレンジャーに対してだけ強い嫉妬の炎を燃やしていました
魔鬼は学年では僕の2コ上ですが、年齢が3つ違いになることがあり、魔鬼は当時28歳になっていました。
その頃、ニャオレンジャーは15歳になっていたけど、アラサーの女(魔鬼)からすると、15歳の少女が自分の彼氏(与太郎)に熱愛していることを知ってショックを受けたのでしょう(携帯の電話帳に顔写真を登録していたので)。
というより、ただならぬ関係だと誤解されていて、僕にまで怒りの矛先を向けられたこともありました
実際問題、魔鬼が出て行った根本的な原因は、ニャオレンジャーでした。
(もちろん、本質的な原因は僕の潜在意識が引き起こしたことですが。)
僕は熱愛されるのが嫌なので、ニャオレンジャーと縁を切りたくて、後輩の並木(昔のブログに登場するN木氏)にニャオレンジャーを託しました。
その頃、携帯が水没したので新規で買って、携帯番号もメアドも変わって、その半年後くらいに名古屋に移住し、ニャオレンジャーとの縁が切れました。
■ニャオレンジャーとの歴史②
名古屋に移住して約半年後、京都の住所からの転送で、ニャオレンジャーから手紙が届きました。
「恋煩い」はよく分かるので、可哀想なことをしたという気持ちもあり、メールアドレスが書かれていたのでメールを送りました。
そして、ニャオレンジャーが名古屋まで遊びに来ました。
当時、僕は不食体質になった頃で、性欲も克服していたので、「性欲なくなったからセックスはしない」と宣告していました
しかし、4ヶ月くらい性交していなかった上に、成長して17歳のギャルになったニャオレンジャーにして欲情してしまい、3日間で何十回ヤッたか分からない(笑)
当時の僕の極貧生活を知って、5万円の御布施をくれました。
僕は食事をしないのでニャオレンジャーにも断食させたけど、「3日間の断食は意外と平気だった」と言っていました。
僕の部屋はエネルギーが充満しているから食事が不要になるのです。
ニャオレンジャーは3日間滞在して大阪に帰りましたが、熱愛メールが再び過激になってきました。
ニャオレンジャーのことは並木に任せていたので、心を鬼にして着信拒否にしました。
可哀想だと思って再会したものの、ヤルだけヤッて5万円貰って、また一方的に絶縁して、サイテーな男ですね^_^;
結果的にはそうなったけど、悪意があったわけではなく、むしろ最初は善意しかありませんでした。
(今はどんな人であろうと見捨てることはしないのでブロックはしない主義ですが、今LINEが出来ないのはスミマセン)
夜になって昼の出来事を思い出したとき、それが今日の昼だったのか、昨日の昼だったのか、一昨日の昼だったのか、全く分からず、朝になったと思ったら数時間後にまた朝になるので、2021年の正月も1ヶ月も経っていない感覚なのです。
特に今は掃除三昧の生活でメールチェックもあまり出来ていませんが、御理解と御了承をお願いいたします。
■ニャオレンジャーとの歴史③
名古屋では毎年転々と引っ越していましたが、28歳の時、ピーチ姫(桃子)というキャバ嬢と交際していました。
すると、前住所宛のニャオレンジャーからの手紙が転送で届きました。
彼氏と同棲してるとのことでしたが、嫌いだから逃げ出したいとのことでした。
頻繁に切実な内容の手紙が届いていたけど、もう関わらないと決意していたので放置していましたが、同情して心が傷んでメールを送ってしまいました。
X'masイブに会いたいとのことだったけど、「イブは彼女と会うから無理だ」と断りました
すると、「私と彼女どっちが大事なん」とキレられました
(彼女に決まってるやろ!お前は今まで俺に何回捨てられてんねん!捨て猫め!笑)
仕方がないので、ピーチには「夜から仕事が入ってしまった」と言いました。
そして、ピーチとデートした後にニャオレンジャーと会いました。
その時の写真(2007年12月24日)
その後、ニャオレンジャーが名古屋に引っ越してきて、猫ハウス(ニャオレンジャーの部屋の名称)に招かれたので遊びに行きました。
ビールと焼き鳥をご馳走になった後、セックスを求められました。
しかし、僕は性欲も精力もないので、基本的にはそんなことはしませんが……
この時のエピソードを書くと長くなるので(そして本来はブログで公開できるような内容ではないので)省略します
■ニャオレンジャーのストーカー化
僕と接触するために名古屋まで引っ越してきたのだから、仕方なくたまに会っていたけど、年に1回くらいしか会わないので、ニャオレンジャーがストーカー化していきました。
元々、ストーカー気質は満点でしたが
で、何の検索で引っ掛かったのか、僕のブログを発見して家も特定され、いつも玄関前に座り込んで、僕が出てくるのを(または帰ってくるのを)待ち伏せされるようになりました(ピンポン鳴っても出ないので)。
ポストの中に、手紙と一緒に5万円とか20万円が入っていることもありました
その時に住んでいたマンションは、もう1人のストーカーの魔女には教えていなかったので、2人がバッティングすることはありませんでした。
もちろん、ピーチは僕の家を知っていましたが、さすが僕の彼女だけあって常識人なので、アポなしで突然来ることはありませんでした。
で、魔女もニャオレンジャーも猫キャラで、ゲゲゲの鬼太郎の猫娘みたいな狂暴な性格でした
(まあ、昔の僕の投影だろうけど^^;)
ブログから会社の所在地もバレて、会社の前で待ち伏せされていたこともありました。
商店街で何かを感じて振り向くと、尾行されていたこともありました。
いきなり後ろから腕を掴まれたこともありました。
当時、僕は31歳だったので、ニャオレンジャーは21歳になっていました。
僕はマトモに恋愛対象として相手にしたことがないのに、8年間も熱愛され続けたのでした。
僕にとっては8年は一瞬だけど、ニャオレンジャーにとっては中学1年生~21歳までなので、なかなかの年月だったと思います
■ニャオレンジャーからの絶縁宣言
詳細は昔のブログに書いたので割愛しますが、意図的に超面倒くさい男を演じているとやがて愛想を尽かされて、ニャオレンジャーの方から絶縁宣言してきました
作戦成功
そして、最後にくれた20万円が手切れ金とのことでした。
ちょうどその頃、会社を人任せにしていて10億円くらいの負債を抱えていたようで、家賃も数ヶ月滞納していて、弟からの支援金で東京の実家に移住しました。
そして、新ブログ「アンチキリスト完全ファイルⅠ」を開設し、「自叙伝」で8年間に及んだニャオレンジャーとのエピソードも書き綴りました。
■ニャオレンジャーとの歴史④
自分から僕と絶縁しておきながら、執念で僕の行方を検索し続けていたようで、その新ブログもニャオレンジャーに発見され、僕の住所を調べて父親宛に脅迫状みたいなものを送ってきて、父親が激怒していました
消印が赤坂だったので、僕が東京に移住したことを知って、ニャオレンジャーも東京に引っ越してきたようです。
そして、僕のバイト先のホスクラも特定し、掲示板にこのような書き込み(半分は本当で、半分は話を盛り過ぎのデタラメ)をされました(冒頭に載せた誹謗中傷の内容です)
↑この書き込みと、父親への恐喝状が原因で、記事数300件以上あった「自叙伝」を非表示にしたのでした
■ニャオレンジャーへの恋愛説法
この当時の僕は半覚醒していたけど、天賦の性格がまだ残っていて、「間違っていることは間違っている、だから正しい内容に訂正しろ」という厳格で少し不調和な部分がありました。
正確に言うと、まだ半覚醒状態(変換人型ゲシュタルト)が定着していなかったので、ニャオレンジャーを「他者」として見ていて、ニャオレンジャーとの会話が自問自答だという認識がなかったのです。
今となっては、大人げなかったなと当時の自分の未熟さに恥を感じますが、以下のような反論を連投していました
(でも、よく読めば、厳しいながらも、深い愛とユーモアに満ち溢れた感動の内容です)
ニャオレンジャーは、オナニーのライブチャットで生計を立てていたので、実際には上記に書いたことはやりませんでしたが、その後、当時のブログのコメント欄で、ニャオレンジャーと論争を繰り広げていました。
昔の話ですが、「ギャル オナニー」で検索すると、ニャオレンジャーが出てきたことがありました^^;
そして、富士山の火口に行くのを誘ったら、埋められると思ったのか、それを最後に通信は途絶えました(笑)
■ニャオレンジャーとの歴史⑤
その4年後(2014年)、僕が36歳の時に今の与太郎神社に移住しました。
ニャオレンジャーは、ネットストーカーとして活動を続けていたようで、ずっと僕のブログをチェックしていたようです。
メアドはブログで公開していたので、「引っ越しおめでとう」というメールが届きました。
ニャオレンジャーは宝くじが当たって、横浜のタワーマンションに住んでいるとのことでした。
それからたまに、相談メールや嫌味メールが届いて返信していたけど、会うことはありませんでした。
■ニャオレンジャーの最期
ニャオレンジャーは僕を殺しかねない勢いのストーカーで、いつか刺されるかも知れないと思っていたけど……
2017年、ニャオレンジャーの母親からメールが届き、ニャオレンジャーが「ガス自殺」したことを知らされました。
ニャオレンジャーは昔から僕の話ばかりしていたそうで、遺品のスマホから僕のメアドを知って連絡したとのことでした。
13歳~29歳までの16年間、ひたすら僕に熱愛して追いかけ続けてきた乙女心には恐怖すら感じるけど、ニャオレンジャーなりに完全燃焼した人生だったことでしょう。
今まで数多くのストーカーがいましたが、ニャオレンジャーには「世界チャンピオン」の称号を与えたいと思います
■ニャオレンジャーの死後
ニャオレンジャーの骨壺は、ずっと大阪の実家に置いてあるそうなので、去年の8月に大阪に行った時にお参りに行く予定でしたが、ウッカリ忘れて東京に帰ってきました(笑)
幽界霊は僕に憑依できないけど、ニャオレンジャーは死後も僕に接触を試みて、巧妙な手段を使って間接的に僕と霊線を繋いできました。
まさに化け猫
その事は当時の記事に書きましたが、結果的にニャオレンジャーは「魔性教材」の制作に協力してくれたといえます。
11年前、僕のブログのコメント欄で、鬼将軍とニャオレンジャーの交信もあり、鬼将軍がニャオレンジャーに「僕もニャオレンジャーさんを救いたいです」とコメントしていました。
「魔性教材」は鬼将軍とニャオレンジャーと僕の共同作品だと思っています。
で、神霊術でニャオレンジャーを成仏させて、結魂してやりました。
その話の詳細は、去年の8月分から中断している日記に書く予定です(いや、記事はとっくに出来ています)。
今回は読者の堕深闇からのお供え物の内容紹介の予定で、記事は完成しているのですが、前置きが長くなりすぎたので次回にします
■ニャオレンジャーの自殺の真相
当時の記事と比較して、今回の記事と若干の相違があるのは記憶違いによるものです
僕の記憶力の優秀さは人々から驚嘆されていますが、人間の記憶って本当にアテにならないものですね
■次回以降の記事タイトル予告
■お供え物と御布施(お礼と注意事項)
■カイの御用+現金出現
■断捨離ビジネスと愛と癒しの戦士
■資金ゼロで全員が大金GETできるチャンス
■40歳過ぎても身長が伸びた方法
■シルバー・レイ
■4次元認識を体験できる動画
■88万円の波動機器を1万円以下で作る実験
■ジャンバラの秘密
これ以降の記事はタイトル未定で編集に苦労中
た