直感は、神仏からの、″ 声なき声 ″ なんだよ。
直感には、素直にしたがうのがいいんだ。
たとえば、私でいえば、
ふと、メガネの汚れが気になって、
となり街のメガネ屋さんに、
クリーニングしてもらいに行きたくなった。
べつに、急ぎでもないのに、どうしても、
いま行きたい!という衝動にかられる、、。
その場合は、即、したがうことだ。
そして、どうせメガネ屋さんにまで
来たならばと、すぐ近くの本屋にたちよる。
すると、やけに気になる本が目に入る。
見たことない本だ。
発行日をみると、10年前の本だ。
なんで、10年前の本が、新しい本棚にあるんだ?
パラパラとながめてみると、そこには、
最近、自分が疑問に思っていたことの
答えとなる「言葉」があった、、。
そうなのだ。
神仏は、この「言葉」に出逢わせるために、
急ぎでもないのに、私に、
メガネ屋にいきたくなる衝動をあたえたのだ。
神仏は、直接、声で伝えるわけにもいかず、
私に、″ 声なき声 ″ を、すなわち、
『直感』を降ろしたのだ、、。
このように、神仏は、″ 声なき声 ″ 、、
『直感』というもので、語りかけてくる。
ゆえに、直感には、素直にしたがうのがいい。