イスラエル最南端の町エイラットから北へ約30km。周囲を山に囲まれた渓谷があります。「ティムナ渓谷」と呼ばれる42平方キロメートルほどの地区で、歴史的には銅鉱山があった場所として重要な場所でした。現在は「ユダヤ民族基金」により運営され、ウオーキングトレイルや人造湖などが造られ、家族連れや旅行者がこの地域の特異な自然に親しむ事を目指した、公園作りがなされています。

 

 

 

エイラットまで足を伸ばすツアーが少ないので、なかなかここを訪れるチャンスがありませんが、機会を見てぜひ一度訪れていただきたい場所です。

 

大雑把なイスラエル古代の歴史区分ですが、石器時代から、青銅器時代(紀元前33~13世紀)、鉄器時代(紀元前12~6世紀)と発展します。人類が初めて広く利用するようになった金属が銅で、エジプトなど早いところでは紀元前5000年ほど前には武器や装飾品として利用され始めています。

ティムナの銅鉱山でも古いものではその頃のものが見つかっています。今では「銅」というと、オリンピックメダルの3番目の色でもあり、各国の発行するコインの中でも価値の小さいものというイメージが有り、何となく有り難みが少ない感じです。

しかし青銅は人類が始めて大量に利用し始めた金属で、当時は武器、農機具や工具、装飾品、祭儀道具などあらゆる物に利用され、持っているかいないかで、国力や戦力に大きな差がありました。今でいうと石油のような存在かもしれません。

 

預言者サムエルの時代(紀元前11世紀)は、鉄が利用され始めた時代になりますが、サムエル記に面白い記述があります。

ゴリアトといい、ガト出身で、背丈は六アンマ半、頭に青銅の兜をかぶり、身には青銅五千シェケルの重さのあるうろことじの鎧を着、 足には青銅のすね当てを着け、肩に青銅の投げ槍を背負っていた。槍の柄は機織りの巻き棒のように太く、穂先は六百シェケルもあり(サムエル記上17章4-7節)

防具はすべて青銅製ですが、攻撃道具の槍の先には、鉄製の刃物が取り付けられていたことが分かります。より固く鋭く加工できる鉄製の武器は、先進的な武器だったと思われますが、貴重で高価だったのか、武器としての利用はほんの一部でした。

別の個所では、

さて、イスラエルにはどこにも鍛冶屋がいなかった。ヘブライ人に剣や槍を作らせてはいけないとペリシテ人が考えたからである。 それで、イスラエルの人が鋤や鍬や斧や鎌を研いでもらうためには、ペリシテ人のところへ下るほかなかった。

(サムエル記上13章19-20節)

ここで語られる「鍛冶屋」は、すでに数千年にわたり利用されていた青銅ではなく、鉄を扱う鍛冶と考えられています。当時先進的な技術を持っていたペリシテ人は、鉄器製造の技術を独占的にもっていて、イスラエルの人々は武器を作ってもらえず、農機具だけ作ってもらっていた様子が分かります。

預言者サムエルが生きた時代は、歴史学上では初期の鉄器時代に区分されますが、実際の生活のなかでは、主に青銅器を利用しながら、社会の中に少しづつ鉄器が入ってきていた時代背景の中にあったようです。

 

さてティムナに話に戻すと、ここの銅鉱山はダビデの時代エドム人が利用していたものをダビデが戦いで勝って手中に収め、その後、息子ソロモン王が大きく発展させたと考えられています。

またソロモンには、荷役の労働者が七万人、山で石を切り出す労働者が八万人いた。 そのほか、ソロモンには工事の責任を取る監督が三千三百人いて、工事に携わる民を指揮した。(列王記上5章29-30節)

どのくらいの人数がティムナまで来ていたでしょうね?

南の果ての灼熱の地に遣わされる銅鉱山の人夫、精錬する者、取り出した銅を加工する職人、それを指揮監督する人々、、、、数千人、数万人単位の話になると思いますが、中には多くの罪人や流刑者もいたと思われ、イスラエルの中心地から遠く離れ、地の果てと思われるようなこの場所に来た人々の絶望感は如何ばかりだったでしょう。

ティムナでは、今まで何度か考古学の発掘がおこなわれてきましたが、新しいところでは2013年から発掘調査が始まり、いくつかの鉱山と精錬所で紀元前11-9世紀が主な活動時期だということがはっきりしました。ちょうどサムエルの時代からソロモン王の少しあとの時代と重なります。

「栄華を極めたソロモン王」と言われますが、ここで産出する銅がその繁栄を支えるための財力を生み出していた事は間違いないでしょう。この発掘されたものの中で学者をびっくりさせたものがあります。

紫色の糸くずですが、調べてみるとダビデ・ソロモン王の時代のものということが判明しました。この時代の紫色に染められた糸が見つかったのは、世界でも初めてのことだそうです。金と同じくらいの価値があったと言われる「紫布」がこんな場所に?と学者たちの想像を掻き立てています。

さてこのティムナ渓谷の中には面白い地形の場所がいくつかありますが、有名なところでは「ソロモンの柱」と呼ばれるところがあります。(下の写真)

 

 


この柱の裏手には、エジプトの鉱山の守護神「ハトホル」を祀る神殿跡も見つかっています。この神殿は、エジプト新王国時代のセティ1世、ラムセス2世、ラムセス3世などの時代にわたって使われていたようで、エジプトとも深い結び付きがあったことが分かります。

 

ティムナ渓谷は風が強く吹くため、下のほうが侵食されて「マッシュルームの岩」と呼ばれるようになった奇岩があります。

 

 

 

このティムナ渓谷には、もうひとつ紹介したい箇所があります。

モーセ五書に記される「臨在の幕屋」のレプリカです。

出エジプトしたイスラエルの人々は荒野を40年間さまよいましたが、その時、神様を拝するにあたり聖所「幕屋」を建てるよう神様に命じられます。

わたしのための聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう。わたしが示す作り方に正しく従って、幕屋とそのすべての祭具を作りなさい。

(出エジプト記25章:8-9節)

ここから27章の終わりまで、天幕や祭儀道具の詳細が定められています。

ティムナ渓谷内の幕屋のレプリカは、ここで定められた様式に従って、寸分たがわずに作られています。周囲の景色はまさに荒野。出エジプトした何十万人もの人々が、神様を拝する様子を偲ぶには最高の場所です。

 

 

 

幕屋の敷地内に入ると、大きな祭壇(上の写真:左手の箱状のもの)が目に入ります。その向こう側には聖所(上の写真:奥の天幕)があり、中に入ることもできます。神の箱や燭台など神殿内の道具もそのまま置かれています。

この場に立ってみると、主が命じてイスラエルの共同体全員を臨在の幕屋の前に集められたシーン(レビ記8章)や、モーセ、アロン、ミリアムに「あなたたちは三人とも、臨在の幕屋の前に出よ。」(民数記12章5節)といわれた場面などが思い起こされます。


また、時代は下りますが、神様に3度呼ばれた少年サムエルは、その時、神殿内に寝ていたとされますが(サム上3章3-4節)、意外と狭い神殿内(下記の写真)のどの辺かな、などと想像を掻き立ててくれます。

 

 

 

このようないろいろな魅力をもったティムナ渓谷。皆様とも一度ご一緒してみたいものです。