ギリシアの旅の続編として、地中海に浮かぶ島キプロスを3回に分けてご案内しています。今回は第2回目。
前回はラルナカのラザロの教会、首都ニコシア、北キプロスへ入国したところまでお話しました。今回の主な目的地は、サラミスの遺跡と聖バルナバの修道院、世界遺産「トロードス地方の壁画聖堂群」などについてです。

サラミスはギリシア時代からローマ時代にかけて大きく発展した古代都市で、東側のレバノンやトルコからキプロス島へ渡る際のゲートとなる港町でした。第1伝道旅行で、パウロとバルナバ一行がアンティオキア教会から送り出され、セルキア港から船に乗り、そのまま東へ200kmほど航海して到着したのがサラミスです。

劇場、ローマ式のお風呂、アゴラ、列柱街道など大規模に発掘されており、その当時の繁栄ぶりが偲ばれます。

サラミスの遺跡から車で10分ほどのところに、聖バルナバの修道院があり、その入口の手前に聖バルナバのお墓があります。


小さな聖堂の中に地下に降りる階段があり、狭い墓室に入ることができます。今は土に埋まっていますが、この付近一帯には巨大な墓地群があったことが分かっており、その一つがバルナバのお墓です。すでに5世紀にはここがお墓とされていた記録が残っています。


お墓のことはさておき、バルナバとキプロスのことを見てみると、初代教会の伝道の様子をうかがい知ることができます。

使徒言行録には、
「レビ族の人で、使徒たちからバルナバ―「慰めの子」という意味―と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。」(使徒言行録4章)
とありますので、本名がヨセフ、通称がバルナバ、畑を売ってすべて献金したほどの信仰篤い人だったことが分かります。彼には「マルコと呼ばれたヨハネ」といういとこがいて(コロサイ書4章10節)、その母マリアはエルサレムに大勢のひとが集える家をもっていました(使徒言行録12章)。バルナバはユダヤ人としてエルサレム巡礼に何度か来たことでしょう、そして当然マリアの家に泊まった可能性が大きく、その時初代教会に沸き立つ信仰の喜びに触れたのか、ひょっとしてイエス様の最後を目撃したのか、いろいろと考えられます。

さて使徒言行録11章によると、キプロスはステファノ殺害後の迫害から逃れるため、多くのクリスチャンの避難場所となりました。そして当時はユダヤ人にしか福音が伝えられていなかったのに、数名のキプロス島から来た人たちがアンティオキアへ行き、ギリシア語を話す非ユダヤ人にも福音を語ったと記されています。人種と宗教の枠にとらわれないキプロスの人がいて、熱心にあらゆる人々に福音を語り伝えた様子が浮かんできます。

バルナバは、大回心後タルソに引きこもっていたパウロを連れだし、伝道旅行の最初の目的地としてキプロス島を選びます。13章には「サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた」とありますから、サラミスにはユダヤ人が多く、シナゴーグが複数あり、そこを訪ねては熱心にイエス様のことを述べ伝えたことでしょう。
上にもあるように、キプロスにはすでに相当数のクリスチャンがいて、伝道が繰り広げられていたので、ユダヤ人を福音へ導くのと共に、多くの兄弟を励まし交わるのも、キプロス訪問の目的の一つだったと思います。

キプロスには当然知人や友人、親戚もいたことでしょうから、バルナバにとっては郷土伝道ですね。今は遺跡とお墓しかありませんが、キプロスの土地に立って使徒言行録を読んでいると、この島を中心に初代教会の伝道が広がり、熱心なクリスチャンが増え広がっていく様子が彷彿としてくるようです。

さて話は変わりますが、キプロスは古代より有名なワインの産地でもあり、4000年くらい前から造られていたとされています。中でも、天日干しブドウから造られる甘口のデザートワイン「コマンダリア」は有名で、古くは紀元前800年頃の文献に、キプロスワインに関するもっとも古い記述として記されています。
また、歴史上の有名な人々に愛されたワインで、クレオパトラが愛飲し、十字軍の時代に活躍したイングランド・リチャード獅子心王がいたく気に入り、「王のワイン、そしてワインの王」と讃えたと言われています。
 
ぜひ皆さんもキプロスへ行かれることがあったら、飲んでみてください。ホテルによっては、夕食の際に食前酒としてサービスで出してくれるところもあります。ただ現代の感覚でいうと、甘すぎてちょっと…という方が多いかもしれませんが。

このコマンダリアワインが作られているのが、キプロス中央部にそびえるトロードス山麓の村々です。“太陽の島”のイメージが強いキプロスですが、驚くなかれ、冬になるとトロードス地区には雪が降ることもあるのです。私たちの旅では、このトロードス地区の山々へ向かい、世界遺産「トロードス地方の壁画聖堂群」を見学します。

通常私たちは海岸地方のリマソール(レメソス)に泊まり、そこからこの山の地方へ向かいます。バスで1.5時間ほどのドライブですが、標高が上がるに従い、道は狭くなり、折れ曲がり、着くころには車酔いの方も…。この山深い緑豊かな土地は、人の往来が盛んな海岸地方から取り残されるようにして中世の教会群が保存されました。村人の生活に根ざした、小さな教会が多く、決して豪華な建物ではありませんが、その中には驚くほど鮮やかな宗教画が残されたのでした。
 

その一つ「聖ニコラオス教会」(写真上)は、よく見ていただくと分かるように、屋根が二重になっているユニークな形の教会です。雪から教会を守るためにこうなっているとのこと。中には素晴らしいフレスコ画があるのですが、残念ながら写真撮影は禁止ですので、実際に行って見ていただくしかないですねー。

 
これは通称「サンダルの教会」。シンプルな作りの建物ですが、美しく周囲の景色に溶け込んでいます。ここにもきれいな宗教絵画が保存されています。普段は開いていないので、鍵を開けて入ることになりますが、守衛さんはたいていその後どこかへ行ってしまうので、貸し切りの世界遺産の礼拝堂で賛美歌を歌ってみるものいい思い出となります。

 
もう一つ、これは現在も修道生活が営まれているキッコー教会。1997年、修道院の祭壇の安置されたマリア像が涙を流したというニュースで大変話題となりました。日本でも数多くメディアに取り上げられたので、記憶にある方もいらっしゃるでしょうか。今は涙を流してはいないものの、涙の跡がうっすら残っているとかいないとか。

次回はパフォスとビーナス誕生の地ペトラトゥロミオなどについてご案内いたします。