Here Today徹底分析(最終回) | 音楽研究者 藤野純也のブログ:てるむじか

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Here Todayは[A]-[B]-[A']の三部形式で作曲され、各ブロックではそれぞれ異なった心情のテキストが歌われています。

 

[A]で歌われた「損失の悲しみ」は中間部[B]で「思い出の喜び」に転化し、再現部[A']に救済が訪れる。それがHere Todayという「物語」のストーリーです。

 

これまで、和声法の分析に基づいて詳細に検討してきたように、損失から救済へと向かうプロセスは、言葉の指示効果と音楽言語の表象効果の相互補完のうちに語られています。
 

最終回で問題にしたいのは「救済」が行われる再現部[A']の音楽言語です。「再現部」と言うぐらいですから、メロディーやコード進行は、冒頭[A]とほぼ同じものがそのまま、。冒頭の不穏なC#m7-5すらもそのまま再現されています。それにも関わらず、Tug of Warに収録された Here Todayを鑑賞すると、冒頭[A]では悲しみが強く感じられ、再現部[A']では救済の色が強く感じられるのです。メロディと和声が同じなのにも関わらずです。
 

その理由は2点考えられます。第一に[B1]の最後に"I love you"という言葉とともにD7-Gの終止形により、はじめは曖昧にされていた調性 key of Gが確定されたということ。


第二にジョージ・マーティンによるストリングスの効果です。[A']で奏でられるヴァイオリンの柔らかなハイトーンは、まるで宗教画に描かれた「光」のように響き、救済が訪れたことを聴き手に示唆するのです。
 

ポールがライブでHere Todayを歌うときは、伴奏は自らが演奏するギターのみです。そのため、ライブ版のHere Todayは「悲しみ」の面がより強調されて、スタジオ版ほど「救済」の色は感じられないとも言えます。
 

Here Todayのストリグスアレンジは、ポールの作品に隠された構造を巧みに読み取ったマーティンの「解釈的編曲」だと言えるでしょう。