「楽譜や音楽理論なんて必要ない」 | 音楽研究者 藤野純也のブログ

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と主張する人って、大抵同じことを言う。その典型は有名なミュージシャンを例に「彼らは楽譜が読めないし理論も知らない」ってやつ。あのね、だからレジェントなの。圧倒的な耳の良さとセンスと記憶力。確かに彼らと同じ能力があるなら、楽譜や理論なんて必要ない。

 

でもね、我々にそんな能力ある?
 

曲を覚えるには音源を何度も聴かなきゃいけないし、何度も何度も「さぐり弾き」をしないといけない。直感で意思伝達するニュータイプのような能力もないから、リハーサルの時間を無駄に浪費してしまう。要は凡人なわけ。

その自覚があるなら、一生かけても近づけないレジェンドの真似をするよりも、基本的な楽譜の読み書きと音楽理論を覚えたほうが絶対に良い。だって楽譜は「見ればわかる」し、音楽理論は「普通はこうなる」ってことを教えてくれる。

 

こんなことを言うと「楽譜を使うとノリがでない」「理論に頼ると感性がダメになる」そんな反論が聴こえてきそうなので、もう少し説明させてほしい。

 

楽譜上の情報は、音の高さと長さ。実際に鳴り響く音に比べたら圧倒的に少ない。だから「楽譜を使うとノリがでない」という反論がでるのだと思う。

 

だけど「音の高さと長さ」という情報は耳コピをした時に「頭の中」に記憶される情報と実は、まったく同じ。ということは、楽譜で伝えられる情報は楽譜にまかせてしまって、「頭」は楽譜では伝えられない要素に回すほうが絶対に良い。

 

「理論に頼ると感性がダメになる」なんてのもそう、楽器を弾きながら手探りで作曲をしてる人の曲にかぎって、苦労のわりにありきたりの曲しか作れなかったりするし、ちょっと奇をてらうと失敗する。それは、何が当たり前で、何があたりまえじゃないのかを知らないことが最大の原因。理論を勉強すれば曲の構造が手に取るようにわかるようになるし、意識的に「当たり前じゃないこと」をできるようになるから、曲の「推敲」が捗るようになる。

 

結局、楽譜不要論、音楽理論不要論の9割は自分が楽譜を読めない&知らないことを正当化するいいわけにすぎないと断言する。

 

それでもまだ言い訳しますか?