文法の勉強は必要? | 独学による英会話マスターへのみち

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雨で髪の毛が陰毛状態です。TERUです。


僕はくせっ毛なので、雨が降ると髪の毛がくるくる、ウネウネします。


普段は周りから言わせると、ちょうどいいパーマ具合に見えるみたいで、
うらやましがられることもしばしばですし、
そもそもパーマをかけてると思われることのほうが多いかもしれません。

が、それは晴れの日に限ったことです。


僕はこのくせ毛に昔からずいぶん悩まされてきました。
デートや、合コン、自分のライブの日なんかに雨が降ると、もううんざりします。

だから、僕はSMAPの稲垣吾郎くんの苦労が痛いほど分かります。


かっこよく髪の毛がウネウネすればいいかもしれませんが、
くせ毛による雨の日ウネウネは往々にしてカッチョ悪いウネウネになります。

普段はドライヤーを駆使して、くせ毛をうまく飼いならして髪の毛をセットして、
パーマを掛けている風な髪型に見えるようにし、
やっと、それなりの髪型になります。


ところが雨の日は、朝、一生懸命まとめた髪型が、
家を出て数分、いや、数秒で自分の意に反した方向にウネウネします。


自分の意に反した方向にウネウネするとどのような見た目になるか?


簡単に表現すると、


「おばちゃんパーマ」


がもっとも適切なたとえかもしれません。


ということで、ぼくは今日一日、おばちゃんパーマで過ごします。


はぁ・・・。



さて、英語、英会話を勉強するときに頭を痛める項目に


「文法」


があります。


中学一年生、最初は楽しかったはずの英語の勉強が苦手になりだしたのは、
この文法の理解に重点が置かれ始めたあたりだったような気がします。


現在進行形、比較級、このあたりまではふむふむと理解してたけど、
現在完了あたりで、ん?んん?はぁ・・、は??はぁあああああああ?


となってくるわけです。


そもそも、日本語をしゃべる自分は、日本語を話せるようになるにあたって、
文法を勉強したか?を考えると殆どしてないですし、
それは「いつの間にか身についていたもの」という言い方が一番しっくりきます。


確かに、国語の授業で、「サ行変格活用」だの「ナ行変格活用」だのを勉強した記憶はありますが、
それは既に日常会話や作文で自分が使っている言葉を再確認するような作業でしかなくて
その勉強をしたことによって日本語がしゃべれるようになったという相互関係はなかったと思います。

もしあったとしても、修正くらいの意味合いしかなかったと思います。


じゃあ、僕自身、どうやって日本語の文法をマスターしたか?というと、とても単純で、


「たくさん聞いて、たくさん真似した」


ことに他ならないなと思います。


日本語を話すときに、


ここは「を」だな!とかここは「は」を使うべきだなとかいちいち考えないですし、

それは自然と出てくるものです。


そんなことを考えていたら、言葉なんてしゃべれません。


英語だって、


「これは過去から今現在に渡っての経験のことだから、現在完了を使って話すべきだから、have の後に過去分詞だな、えーっと」


みたいに考えながら話すなんて、会話になりませんし、ばかばかしいと思います。


が、我々日本人はこのばかばかしい作業をやりながら英会話をやろうとすることが結構多いような気がします。


でも日本語に置き換えたときに、言葉は文法なんて意識せずに自然に出てくるものです。


たぶん、この自然と出てくる状態が、語学を習得したということになるんでしょうが、
これは、膨大なパターンの会話を聞いて、真似することによって、
会話のパターンが頭に刷り込まれた結果だと思います。


だから、僕自身、文法の勉強をしなくても、

たくさん聞いて、たくさん真似すれば英語は話せるようになると思いますし、
それが結果的に文法を理解することにつながると思っています。


そして、今現在、文法の勉強は一切していません。


はい、自分が文法を勉強しないことを正当化しているだけですが何か?


ただ、文法を勉強することは無駄だとは思いません。

理解を早める、効率的に理解する為には有益な手段だと思います。


たとえるなら、文法は掛け算の九九に似ているかもしれません。

九九を知らなくても、掛け算は勉強できます。


お皿に2個卵が入っていて、そのお皿が三枚だと卵は何個?


これを

2+2+2=6
と考えるか、


2 3が6
と答えを出すかの違いといえば分かりやすいかもしれません。


2 3が6で答えを出す方が明らかに効率的ですが、

2+2+2で答えを出す方法であっても、それを繰り返しやってると、
2が3つで6だということを憶えていき、
いつの間にか2 3が6ということが頭にインプットされていきます。


つまり、自分で九九を編み出すか、九九を誰かに教えてもらうかの違いです。


ただし、共通して言えるのはどっちにしても、
たくさん聞き、たくさん真似するという練習作業が必要になるということです。


九九だって、みんな練習したでしょ?


文法を完璧に理解したからといって、
過去形だの、過去分詞だのをいちいち考えてたら会話になりません。


パターンを体に刷り込ませて初めて話せるようになるんじゃないかと思います。


なんだか、えらそうなことを書いちゃいましたが、
僕がこういうことを書くときって、自分に言い聞かせる意味合いが強いので、
そこんとこよろしくです。


でも、九九のたとえはうまいこと書いたとおもうぞ!自画自賛。