はじめまして。

島根大学医学科5年の足立元といいます。

てごほ〜む の代表をさせてもらっています。

 

第1回目の記事を任されました。

何を話そうかと思いましたが、自分にとって思い入れのある場所である幸福の国フィジーでの思い出と、てごほ〜む に対する自分の思いが書けたらなと思います。

 

目次
1.幸福の国フィジー
(1)むちゃくちゃオープン
(2)所有ではなく共有
(3)期待値が低い
2.てごほ~むへの想い

 

1.幸福の国フィジー

皆さんはフィジーを知っているでしょうか?

フィジーはオセアニアにある四国ほどの大きさの小さな島国で、ニュージーランドの北の方にあります。

南国で一年中あったかくて、みんな半袖短パンにサンダルでずっと過ごしているような感じです。

 

    

 

フィジーの特色として、みんなすごく幸せそうなんです!

実はフィジーは幸福度ランキングで1位の常連の国。(ギャラップ・インターナショナル調べ)

2018年と17年、15年で1位、2016年も2位です。

 

「でも、幸福度ランキングって北欧とか福祉が充実してる国が高かったような…」

と思う人もいますよね。

 

このフィジーが1位をとっている幸福度ランキング、よくある幸福度ランキングとは違って、評価項目には社会福祉や男女共同参画、識字率、健康寿命などの社会的な条件は一切入ってません

単刀直入に「あなたは幸せですか?」という質問に対して5段階で自己評価してもらうという、主観オンリーの調査なんです。

 

もちろんフィジーはインフラも整ってなくて停電が起きる時もあるし、洪水もよく起きる。

賃金だって低いし、みんな健康なんて度外視で好きなものを食べるから肥満で糖尿病も多い…。でも幸せ!!

 

自分にとっては、これがかなり目から鱗でした。テレビやニュースでは社会の仕組みや制度が悪いって言っているけど、日本よりよっぽど経済的には貧しいし、制度が整っていない国でもみんな幸せそうに暮らしている。

 

よくある幸福度ランキングの指標である福祉制度や教育や医療やインフラって本当に人を幸せにしているんだろうか?

と疑問に思わされました。

もしかして、自分たちは何か重要なことを見落としているのかもしれない…。

そんなフィジー人から学べることはないかと思い、自分が感銘を受けた点について何点かまとめさせてください。

 

(1)むちゃくちゃオープン

フィジー人は誰に対してもオープンで距離が近いです。もちろん通りがかりの知らない人にも挨拶をしてくれます。

 

フィジーの挨拶は「Bula!」と言います。

住んでいた寮からマーケットまで歩いていく間に、すれ違う人みんなにBula!と挨拶して何Bula集められるか、なんて遊びをしていました。

(大抵全員返してくれるので単にすれ違った人の人数です…)

スクールバスに向かって手を振って挨拶すれば、みんなが「Bula!」と手を振り返してくれてバス全体が返事をしてくれる感じです。

 

その時、ただ挨拶を返してもらうだけのことで、何だか本当に幸せな気持ちになれたのを覚えています。(出雲でもジョグしていたら挨拶してくれる中学生がいますね。とても嬉しい気持ちになります。)

 

フィジーの人のオープン性を表すエピソードが、もう一つあります。

 

自分がいつものように朝ジョグをしていると、急にお腹が痛くなってしまい、どうしようかと思っていたらたまたま民家を発見。

そこでトイレを借りようと思いました。

 

(民家はこんな感じでした↑ 丘の上で、ちょっと鬱蒼としていました。)

 

恐る恐る近づいていくと、窓のからおじさんがこちらを見ていて、まだ自分が何も言っていないのに「カムイン」と笑顔で手招きしてくれました。

ああ優しい人だ、と思ってトイレを借りたい旨を伝えると、もちろん良いよと貸してくれました。

よかったよかった、とトイレを済ませて帰ろうとすると、、

「今、朝ごはん中なんだ食べて行きなよ」 とおじさんが言うじゃあないですか!

 

<朝ごはん食べて行きなよ!!>

 

夕飯ならまだしも、朝ごはんにお呼ばれしたことはこの後にも先にもありません。

娘さんが二人でご飯を用意していて、小さい男の子もいました。

小麦粉を練ったものを揚げたものと、ココアを出してもらって、家族団欒にまじって一緒に食べました。

 

何でこんなにしてくれるのかよく分からず、ちょっと居心地が悪かったですが、ココアに砂糖を入れながら「砂糖はフィジー産なんだぜっ」と言うご機嫌なおじさんを見ていたら、ここに居て良いんだな、と思えてきました。

トイレを借りただけなのにやたらともてなされて、何かお返しを求められるのかと思いきや、食べ終わってそのままじゃあねと分かれました。

 

      

 

見知らぬ外国人にトイレを貸して、朝ごはんを一緒に食べるなんて、誰もができることでしょうか?しかもなんの見返りもないんです。

ちょっと衝撃的な経験でした。

これは次のポイントにもつながります。

 

(2)所有ではなく共有

フィジーにはケレケレと呼ばれる独特な文化があります。ケレケレとは直訳すれば 「お願い please」 に当たるような言葉です。

ケレケレ(お願い)といわれれば、いつでも自分の物を差し出して、みんなで共有します。

逆もまた然りで、お願いすることの閾値もすごく低いです。ひと昔前の日本で、醤油を隣の家から借りてくる感覚でしょうか。

 

自分が通っていた語学学校の当時マネージャーだった永崎裕麻さんという方が書いた「世界で一番幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」(フィジーに興味を持った方は是非読んでほしい!)という本があります。

この本ではケレケレのことを 「俺のものはみんなの物、お前のものもみんなの物、という優しいジャイアン」 と書いていました。

 

この哲学のおかげでフィジーでは、人より多く持つことの意味が薄いと思われます。

多く持つ人が持たない人に与えるのが当然のことになっているのが良いなと思います。

 

ただ、これのせいで、ホームステイをしている日本人は持っているパソコンやドライヤーを勝手に使われたり、果てはお金も使われたり、といったトラブルもあるようです。

お金を勝手に使ったら日本ではそれは「泥棒」ということになりますが、共有の意識が進めば泥棒という概念もなくなるのかもしれません。

(もちろんフィジーにも法律があって、窃盗は罪ですが、法律の適応がどうなっているのか気になる…)

 

日本ではあれもこれも手に入れたい、となりますが、シェアすることで持たなくてもいいし、多く持つことの意味が薄くなっていると思います。

 

(3)期待値が低い

最後にフィジー人の特徴として、期待値が低いことがあります。

例えばフィジータイムというものがあります。簡単にいえば約束の時間は基本守られず、フィジーの方は大抵遅刻してきます。

日本では時間が守れなければ社会人失格!みたいな雰囲気がありますが、フィジーでは大抵遅れるので、こちらも最初から遅れるつもりで待てます。

 

他にもフィジーのコンビニに入った時のこと、店員がレジ台の上で寝ていることがありました。日本だったら、SNSに上げられて炎上しそうですが、フィジーではそういう人もいるよねって感じです。

概して、日本人はもしかすると真面目すぎるのかもしれない…、と思わされました。

 

これらの理由を考えてみました。

これはフィジー人ではなくトンガ人の女性からなのですが「日本人は良いよね、仕事がいっぱいあって。私たちは仕事がないとbush(薮)に行かなきゃいけないもの。」という話をされたことがあります。

「ん?bushに何しに行くの?」と聞いたら、「食べ物を取りに行くのよ」と言われました。

「bushに行けば仕事がなくても食料が手に入るのか!!日本だと仕事ないとホームレスなんだけど…」と思った記憶があります。

 

そうなんです。

フィジーにもヴィレッジというそれぞれ出身の村があって、そこでは豚や鶏を飼い、畑もあって自給自足の生活をしています。

仕事は町に出て働くこともできますが、クビになったりして辞めてもヴィレッジに帰れば普通に生きていくことができるんです。

トンガの女性の話にあるように、働かずにbushに行って生きる人を良くないと感じる価値観も出てきているようですし、フィジーも実状は違うのかもしれません。

 

それでも、フィジーのこうしたヴィレッジのあり方は、今の日本の自治体が提供できていないセーフティネットの在り方へのヒントがあるような気がします。

日本では社会に出て働いていているのが基準で、生活保護を受けているような人は社会の厄介になって迷惑をかけているように捉えられがちですが、フィジーを見るとどうでしょうか。

普通にヴィレッジで生活しているのが基準で、むしろ町に出て働いている人がすごいという感じがしないでしょうか?

日本ではすでに核家族化が進んで、フィジーで言うようなヴィレッジはなくなってしまった気がします。

 

以前、島根県邑南町(おおなんちょう)にて、A級グルメで町おこしをしている寺本 英仁さんの講演を聞きに行ったことがあります。

町おこしにはビレッジプライド(そこに住む人たちが自分の住んでいる地域や町が好きで誇りに思えること)が大事だと話していました。

 

ビレッジプライドを持つためには、まず自分が所属しているコミュニティという意識が必要だと思います。

コミュニティというと硬いですが、受け入れてくれる仲間がいるってことが大事な気がします。

 

2.てごほ~むへの想い

てごほ〜む はたった週1回ではありますが、ヴィレッジとまではいかなくても、地域の中で誰しもが受け入れられる場所になれば良いなと思っています。

その上で、てごほ〜む は勉強をするところではありますが、極論を言えば勉強はしなくても構いません。

勉強は自分の可能性や選択肢を増やすためにとても重要なことではありますが、あくまで1つのツールです。

それをしないからといって、てごほ〜む はお断りってこともありません。

 

ちょっと話がややこしくなってしまいましたが、みんなでゆる〜く気楽にオープンに居場所と時間を共有して、好きに過ごせる場所を目指します! ということです。

 

第1回目こんな感じでいいでしょうか?

あくまで自分の個人の意見ですので、もっとこういう居場所にしたい!って意見も今後あるかもですね。それも大歓迎です!

みんなで作っていく居場所にできたら良いなと思ってます。

 

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