テッカムの雑記帳兼日記兼独り言

テッカムが歩む道、歩む上で出会った人々、そしていつか出会えるまだ見知らぬあなたに捧げる、日記というよりは、心情の吐露であり、その軌跡を記し、愚かなる自分自身を叱咤激励、鼓舞するための、いわば劇場型コラム…といったら大げさかな♪


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さて、かなり話を端折ってきてはいるものの、そろそろ本題に入らないとまずいだろう、さすがに。

いつまでたっても終わりそうにない。

念願叶って、東京にある音楽の専門学校に通うことになった僕だが、通うためには一つの条件があった。学費を自分でどうにかする、というものだ。具体的にどういうことをしたかというと、新聞奨学生という制度を利用した。知ってる人もいるかと思うが、これは新聞配達の仕事をしながら学校に通うという制度で、学費はもとより、お小遣い程度のお金を稼ぐ事ができた。新聞配達なら、学生の頃からやってきた。朝は弱い僕だが、やれる自信はあった。

それで、東京に行ったその日にM新聞の本社に行った。そこには自分と同じように新聞奨学生になる人たちが集まっていた。詳しくは覚えていないが、それから『ハイ、あなたはここの販売所ね、ハイ次はこっち』という具合にポンポンと配属を決められ、僕の販売所は横浜のとある販売所に決まった。そのまま、そこの地域を統括している所長さんと一緒に電車に揺られ、見知らぬ駅に降り立ち、見知らぬ街の、見知らぬ建物で、見知らぬ人たちと共同生活を送ることになった。

さすがに不安が大きかった。なにせ、今まで住んでいたのが田舎だったのだ。見るもの全てが驚きの連続だったし、そんな中、突然、見知らぬ人々と共同生活を送るのだ。不安になるなというのが無理な話である。
それに共同生活を送る事になった同僚達がまた凄いメンツだった。一人は自分と同期で入った新聞奨学生。彼も別の学校だったが、音楽を志すいわば同志だった。新聞奨学生はもう一人いて、彼は僕より一年早くそこに入っていた先輩だった。彼らは非常に良かった。話もあったし、お互いの夢を語り合ったりもした。
あとの方々が素晴らしい。まず中国人3名。そして40くらいのおじさん(熟女マニアで見るからに気持ち悪い)。そして知的障害者のO崎くん。
別に悪人ではないのだ。しかし、コミュニケーション能力が圧倒的にない人たちだった。誤解のないように言っておけば、僕は彼らと仲良くやっていたし、何が悪いということもなかったが(まぁ、多少嫌な思いをしたこともあったが)、同じ屋根の下で暮らすには少々きつかった。なにかっちゃぁ『テッカム君、良いビデオあんだけど、欲しくない?』と言って、僕にとんでもないビデオを見せようとするおっさん。団体行動が苦手すぎる中国人の面々。彼らは日本語すらろくに話せなかった。いい人たちだったが。そして親に見捨てられ、とてつもなく狭く(僕たちの部屋は4畳半もなかった)、過酷な労働条件(彼は給料のほとんどを販売所の所長に搾取されていた)で一生働くのであろう知的障害者のO崎くん。
実にメンバーが濃かった。今思えばそんなこともあったなぁと微笑ましくもあるが、そのときは僕も含めてみんな必死に生きていた。必死で生きているから、衝突もしたし、涙を流しあったりもした。10年後なんて誰も知らなかったし、今このときを一生懸命にがむしゃらに生きてやるというエネルギーが凄かった。
そんなメンバーの中、僕は音楽のために、自分のために身を粉にして働いた。朝は3時半に起床し、トラックから新聞を降ろし、折り込みチラシを挟め、300件の配達に出かけた。文字通り雨の日も、風の日も、雪の日も、健やかなるときも、病めるときも、だ。そして朝食を食べ、少し部屋でゆっくりしてから、学校へ出かけた。学校が終わるとすぐに夕方の配達のために帰った。帰るとすぐに夕刊を配った。そして、風呂がなかったから、銭湯に行き、寝るまで学校の課題に取り組んだ。
本当に今思えば、気合いだけは入っていた。
学校は表参道にあり、僕は割とこぎれいな格好をしていたから、僕の生活を聞くと誰もが驚いた。よくそんな生活ができるねぇ、と感心されたが、僕は当然のことだと思っていた。僕は作曲科を専攻していたが、他のクラスメートを見て、『こいつら、なんて甘いんだ』と思っていた。僕のような生活をしている人は稀だった。
それと同時に僕は、表参道の華やかなる雰囲気、学校の心地よさを心から慈しんだ。
思う存分、勉強ができたし、表参道という土地からはとてつもないクリエイティビティーを感じていた。

未来は輝いて、僕の目の前を燦々と照らしているようだった。
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僕のブログに載せている写真の件について『ご指摘』がございましたので(笑)、釈明させていただきます。

先日、ある読者の方と電話で歓談してたときのことです。

『そうそう、この前、実家でテッカムくんのブログ見てたらね、ウチの母親が覗いてたから、「友達のブログだよ。」って言ったの。そしたら、ウチの母親、何て言ったと思う?』
『さあ?何て言ったの?』
『(笑)テッカムくんの写真あるじゃない。あれ見て、「なに?このときがこの子の全盛期なの?」だって(爆)』
『。。。(絶句)』
『マジでうけるぅ~(爆)』
『ハハハ(笑えねぇ~)』

えっ?ていうか、そうなの?僕の全盛期って2歳の頃なの?
えっ?ちょっとちょっと!マジで?

。。。いやだ。。。いやだ~~!!

僕の全盛期はこれからだぁ~~!!わ~~ん!!(号泣)

という訳で、写真を変えました!
未来へ向かってGO!です!!
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読者の方からのご指摘がございました。複数名の方から。
曰く、『あの改行のスタイルは俺らしくない』と(苦笑)。
それぐらいっだったらいいんだけど、中には『あの改行はあんまり好きじゃない』という非常にストレートなご指摘まであり、この期に及んでは、元のスタイルに戻らざるを得ません(笑)。

元々、非常に影響を受けやすい僕。

それと、言葉のテンポが面白いと思ってスタイルを変えてみましたが…

影響を受けやすく、すぐ取り入れ、やめたほうがいいと指摘を受ければ『やっぱ?』みたいな良く言えば柔軟な、悪く言えば一貫性がない、そんな僕の性格そのものですな。このスタイルの変遷は(涙)。

しかし、嬉しくもあります。仕事でもそうなんだけど、クレームをストレートに言ってくれるお客さんっていうのは、本当にいいお客さんなんですよね。よくあるじゃないですか。社長室なんかに『クレームは宝だ』とか貼ってあるの。あの気持ちがちょびっとだけ分かった(笑)。

クレームは宝です。

……あ。こんな事書くと、これからクレームが殺到しそうだな。。。

……どんとこーい!!…でもあんまりへこむようなクレームは勘弁してね♪(←わがまま)
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いや~アツは夏いねぇ~~!!

僕の頭もポッカポッカですよ!!

帰って

シャワーを浴びる

うなじにまずシャワーを浴びせる

むちゃくちゃ熱を持ってるのがわかるんだよな

いやはや

アツは夏い!!
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妥協は敵だ

って、よく言うよね

じゃぁ、逆に

理想を追い求める

ことがいいこと?

僕は思う

理想と妥協はもう少し仲良くしたらどうか?

対立する二項目として考えるからいけないんじゃない?

妥協だらけの人生

理想だらけの人生

そんなの気持ち悪い

理想を追い求めれば自ずと

理想的な妥協点を見いださないとだめでしょう

妥協だらけってそもそもありえないよね

バランス感覚を養う

バランス感覚の精度を上げる

あくまでポジティブに

そんな感じでがんばろうと思います!
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な生活に憧れる。

けど

逆に時間がありすぎて。。。

ってことになりそう。

公務員(市役所とか)の人はどういう生活を送っているのだろう。

気になる

課によっても違うのだろうが。。。

僕の場合

時間がないからこそ

寝る間を惜しんで

広告やコピーの

お勉強をしている

自分の仕事の分野での

第一線で働いている人たちの

仕事ぶり

考え方

刺激をうける

眠たいけど(苦笑)

夕方5時くらいで仕事が終わって

時間があったら間違いなく

飲み歩いてる(笑)

だからいいのかな?とも最近思う

ちなみに

この

行間を空けた書き方

杉本社長のブログの

味が良いなと

真似てみた(笑)

小説でこんなことしたら

『ページ数稼ぎ!』と

怒られるに決まってる(笑)

けど

ブログだと

いい感じ♪

テンポが

素晴らしい

そう思うのは僕だけ?

たぶん杉本社長は

おちまさとさんの影響だと思う

。。。おちまさとさんと仕事をしている杉本社長

そして僕。。。

。。。

がんばろう。。。


がんばるぜぇぇいいいい!!!!!


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僕はスピードスター

疾風のように駆けつけ

疾風のように去っていく

疾風のようにへこみ

疾風のように立ち直る

君は僕のスピードについてこれるか?

ついてこれなくてもいい

僕はひたすら走り続ける

夜を越えて

地平線を越えて

絶望を越えて

スピードのその先になにがあるのか

それを確かめるまでは

僕はスピードスター

最近ちょっぴり面白くない

面白き こともなきこの世を 面白く

この精神で

今日もどこかで風を巻き起こそう
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シリーズもんは疲れる。

という訳で、閑話休題。

僕たちが普段使っている言葉について。

言葉にはすごい力がある。

人の心を動かすのはもっぱら言葉だ。

また、話し言葉と、文章でも違う。

話し言葉には『時系列』と、『音』が伴う。

逆に文章には文字という『ビジュアル』が伴う。

コピーライティングで考えてみれば

テレビCMには時系列と音が伴う。

チラシや印刷物にはビジュアルが伴う。

これは何を意味するかというと

テレビCMでは、素晴らしいコピーだとしても印刷物ではそうではなかったり。

昔の例を出してみよう。

みんなも知ってるコピーだ。

『セブンイレブンいいきぶん』

これなどは、その最たる例ではないだろうか?

書いただけではその魅力が伝わらない。

が、誰もが口ずさんでしまう、CMでのあのサウンドロゴは強烈な印象を残す。

その逆もまた然り。

好いとうよ。と言うことと

好きです。と書くこと。

人に伝わるニュアンスはぜんぜん違う。

どちらがいいかは別として。

……言葉は深い。



さぁ、今日も全力で頑張ろう!
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運命の夜。

僕は覚悟を決めて、両親と対峙した。自分の言葉で自分の想いを精一杯伝えた。1時間ほど経ったのだろうか。時間的な記憶がない。今となれば一瞬の出来事であった気もするし、永遠とも言えるほど長い時間だったような気もする。

しばらく僕の話を聞いていた父親が声を出した。

『わかった。やってみろ。』

…えっ?と思った。予想していた反応と違っていて面食らった。

そのあとのことは良く覚えていない。とにかく嬉しかった。

それから慌てて、例の友達の家に電話した。『ごめん。両親に理解してもらえた。』彼は、東京に行く準備を整えていたのに。と残念がっていた。

歴史に『IF』はあり得ないが、もし、このとき両親に反対されていたら僕は全然違う人生を歩んでいただろうなと思う。それぐらい大きな僕の人生における分岐点がこの夜だった。

ちなみに、彼は家業を継ぎ、音楽は完全なる趣味として元気に暮らしている。この前、コンビニで会って、『久しぶり!ねえねえ!JUON見に行かない?』と誘うと、『え?いつ?今から?相変わらず唐突やねぇ(苦笑)。』と言われた(笑)。結局、もう少しハッピーな映画ならいいということで、またもや決裂してしまった(笑)。

さて、ようやく東京時代に突入できそうな感じになってきた。

……これが前ふりだとすれば、長過ぎたな。これでも随分端折ったつもりだが。

それでは次回はようやく本当に正真正銘、東京時代のお話です。
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『俺はきっと音楽で成功する!』と、根拠のない自信を持った僕は早々に大学進学を諦めた。諦めたというより、目指さなかった。地元ではちょっと知れた進学校、僕は早々に異端児になってしまった訳だ。だから授業中は辛かった。やることがなさすぎた。授業途中に抜け出したことも何回もあった。その度になぜか僕だけ呼び出された。他にも数名の同志が決行していたわけだが。
学校に行かず、裏山でタバコを吸っていたら、同じくドロップアウト組の友達が来て、なんだかなぁ~と二人で苦笑したりとか。
とにかくバンドのことしか頭になかった。
学校が終われば、バンドの練習小屋に行き、ひたすらギターを弾いていた。

という訳で、成績は転げ落ちていった訳だが、一度さすがにこれはやばいだろ~と思ったことがあった。中間テストか期末テストかは忘れたが、なんと数学で4点をとってしまったのだ!誤解のないように断っておくが、100点満点の中4点である。ひえ~!赤点も赤点。大赤点である。どうすればそんな点数がとれるのか、自分でも驚いた。なんせ、留年だけは免れたいと思っていた僕は、中間、期末だけは一生懸命テストに向かっていたのだ。まぁ、事前準備は皆無だったわけだが。

そんな感じでいつもいつも追試で名前を呼ばれる僕を進学クラスの奴らは冷やかした。『元エリート』と(笑)。しかし、そんな言葉も僕にはなんの攻撃にもならなかった。そのときの僕にとっては勉強なんてどうでもよかったし、大して夢も持たない奴らが進学に向かって一生懸命やってる姿は、かわいそうだな~、滑稽だなぁ~ぐらいにしか思えなかった。今、思い返すと、無茶苦茶いやなやつである。若気の至りだとしか言いようがない。

若気の至りと言えば、この頃の僕は喧嘩も強くなっていた。
がたいは相変わらずだったが、このころようやく筋肉がつきはじめた。一度、些細な事で因縁をつけられた事があったが、止めに入った友達をすり抜けて、相手をボコボコにしてしまった。そのときは、当事者同士ではすぐケリがついたのだが(一度殴り合って、話し合えばそれでカタがつくのである)、その後が面倒だった。場所が校内だったので、すぐに職員室に連行され、校長室に連行され、果ては親まで呼ばれ…。なんて事だ!僕はヤンキーなんかにはなりたくなかったのに!この扱いはまるで僕がヤンキーみたいじゃないか!と、思っても後の祭りである。なんか面倒くさかったので、そういう役割に徹しようと思った。

僕は徒党を組むのは性に合わなかったが、不思議と後輩達が慕ってくるようになった。ギター教えてください!とか、あいつむかつんですよ!やっちゃってください!とか。その頃の僕は、後輩達が可愛かった。今は後悔しているが、よく事情も聞かずに、後輩達がむかつくと言っていた僕の同級生を呼び出して殴りつけたことがある。後で、死ぬほど後悔した。殴られた彼の気持ちを思うと、どうしようもなかった。本当のリーダーはそんなことはしない。今ならそのことがわかるが、当時の僕は心が青かった。

一方で、音楽に対する気持ちは冷めるどころか、日増しに熱く、燃えたぎるようになっていった。はやくこのぬるま湯のような生活から抜け出したいと思っていた。
3年生になり、とうとう進路の最終決定をしなければならない時期にきていた。僕は両親に音楽の道に進みたいという事を伝えたが、猛反対された。
毎晩のように激論を交わした。
なかなか分かってもらえなかった。

ついに僕は、今夜だめなら東京に行こうと思い、他のバンドのギターをやっていた友達にそのむねを伝えた。今日だめなら、東京に行く!と。その友達は、それなら、俺も一緒に行く!と言った。僕はびっくりした。しかし、彼となら絶対に成功すると確信めいたものがあった。

もうだめだと思っていた僕は、その夜9時に駅に集合ということを彼に伝えた。

運命の夜だった。
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