最近、ある方に子育てについてものすごくたくさんの質問をされ、忘れていた記憶を呼び戻されました。
そんななかの一つに、小さい時ほど子どもは親の言うことを聞きますから、基本的な生活習慣や動作については、小さい時に修正したほうがいい、という話がありました。
上の子が、あるお宅で
「オレは本当にゲーム機を持たされなくてよかった。
うちの親はどんなにねだっても、ゲームを持たせてくれなかった。」
と言っていた話を聞きました。
小さい頃にそれを持たせて、大きくなってから取り上げるというのは至難の業です。
小さい頃は猫かわいがりして、大きくなってから注意をしても時すでに遅し、なんて子育ての失敗は、周りをみてもよく聞きます。
そういう意味では、受験とか習い事を共有する形の子育ては、親がパワハラ的になるリスクは多少ありますが、よい影響をもたらす部分も多いように思います。
こういう感じとは違いますが、うちでは小さい頃からとっても細かな修正を言葉にしてきました。
たとえば、「勉強第一」とは言いますが、その具体的イメージは持ちにくいのです。
「なんの時間を使ったの?」
昨日も下の子が、文化祭が近いから、といって、制服のスカートを膝上20センチにまで縮めていました。
夏服の、2つあるスカートのうちの一つだ,
と本人は言いますが、問題はその作業をするのに勉強時間を削って使っているということ。
主人はこういうとき、
「なぜ、部活を休んでそれをしない?」
と必ず問いを発します。
「部活をするな」という意味ではありません。
何の時間が犠牲にされているのかを意識して、挽回しなさいという意味だと思います。
「部活は休まない、友だちとも遊ぶ。
そして、スカートを短くする。
そもそもスカート短くするのに、時間を使いすぎだと思うけどな。
その、スカートをいじっている時、必然的に削られているのは勉強時間だろ。
無意識に勉強時間を削ってしまうってことは、無意識に勉強軽視が身についているってことだ。
だから成績が悪くなる。
気が付きにくいが、自業自得になっている
自分の業(なりわい)の結果を自然に受けている、ってことね。
つまり、言いたいことは、
「勉強時間だけは絶対に削らない、という姿勢を確立しなさい。
勝負にならんぞ」
という具合です。
うちではスカートの丈を短くすること自体は問題にはなりません。
それは校則との関係ですから、自分で学校と折り合いをつけることですし、
正規の長さのものが確保されてますから、
文化祭とはいえ、その場で注意されたらすぐに履き替えられる体制にしておきなさいよ、というくらいです。
意識しないでつけられている優先順位を意識化すること。
その無意識の優先順位は、時間配分の実際の選択に現れています。
この夏の下の子の勉強の成功は、遊びと勉強を対立概念にしないでいたことです。
夏休みにも30日ちかく部活の日がありましたが、
プールに行くとか、花火大会にいくとか、予定を入れたらその分だけ部活の日を削っていました。
勉強を自然に削ってしまうことを警戒し、遊んだ分だけ部活を削る、ってことができたのです。
これは勉強が第一である、という夏休みのテーマの具体的な実践でした。
しかし、2学期が始まると部活はやはり削りにくいものになります。
責任のある学年ですから、後輩の手前、休んでばかりというわけにもいきません。
ということは、成績を上げるミッションのためには、遊びの対立概念を部活でもなく勉強でもないものにしなくてはなりません。
遊びを入れたいときに、何を削るのかということです。
今のところ、それは余白タイムを削る、ということになっています。
余白タイムは1日のなかに、たくさん埋蔵されています。
学校から家に帰ってから塾の自習室にいくのと、
学校から直接塾の自習室に行くのとでは、余白タイムが違います。
塾の自習室からは9時過ぎに帰ってくるのですが、そこからお風呂に入ると、髪を乾かしたりとかしたり、
家での勉強開始は10時半過ぎになります。
まずはそのまま11時まで勉強して、そこから入浴タイムにすることで、勉強時間は確保されます。
学校で一番練習時間の多い部活と、成績を上げる重要な時期の勉強とを両立し、
かつ高校生としての遊びも充実させたいという子ですので、時間管理が一番大事です。
余白タイムというより、無駄な時間といいたくなるような時間もたくさんあります。
スカートを膝上20センチにする、なんていうのは、まったく不要な行動です。
これは特別な日の装いということで大目に見たとしても、
うちの下の子は鏡をみている時間が圧倒的に長いのです。
でも、本人にとっては大切な時間なのでしょうから、まずは明らかな余白タイムを削る段階ということかな、と思っています。

