下の子が文転したことは書きましたが、文転したということ自体が、将来の方向性がふらついたことを意味しています。
そしてある国立大学の文系学部に目標を定めたのですが、部活の1学年上の仲の良い先輩が進学するということで、別の国立大学にしたいなあ、とつぶやいたりしています。
それは、現在のうちの子の志望校よりも科目も多く、難度もやや上です。
部活を5月までやる、という前提で、現在の学力を勘案して、現実的な目標として志望校を定めているのに、難度も上がり、2次の科目数も増えるというのでは、根本的に残り300日の過ごし方が変わってしまいます。
いずれにしても、夏までに必要な学力状況を作り上げることができたら、その上で、科目数や難度をあげられるかどうかを検討しよう、と主人が話していました。
何がやりたいかが決まっていないので、ふらふらするのですが、それゆえに志望校は柔軟に変えられるともいえます。
あとから後悔したり、あっちが良かったなんてことを感じることはあるかもしれないけれど、
進んだ道に、人生が乗っかるしかないね、なんて話を朝からしていました。
なりゆきで
なんとでもなる
誠実に
歩んでいこう
家族みんなで
苔の庭があり。
石庭があり。
やぐらがあり。
この竹林の中を歩けます。
外国人率80%?
みなさん、鎌倉中心部から30分近く歩いて来られています。
夏までしかいられないので、その間にいろんな場所に連れて行ってあげようと思っています。昨日はその2回目。
さて、20歳になっても幼稚なところがある上の子と違って、日本にやってくる彼の友人たちと接していると、その言語力に驚くのは普通のこととして、それ以上に、10代後半、20歳前後で高いコミュニケーション能力があることに驚きます。
知識をひけらかすような稚拙な態度は一切なくて、なんというか、あまりにも自然で、あまりにも普通に、どんな話題にでもこちらを一切不快にさせないで、極めて対等に近くて、一歩だけ下がったような絶妙な距離感で1日中お話ができるのです。
日本の「できる子」たちは、必ずしも大人とのコミュニケーションが得意ではありません。
探せばいるのでしょうが、下の子の「優秀な」お友だちでも、私や主人と対等に対話してうならせることはあまり経験がありません。
昨日のSちゃんは、中学も高校も大学も、すべてが返済不要の奨学金で、学費だけでなく、こういう留学費用もすべてサポートされている超才女なのですが、その「才女」のイメージが日本のものとは大きく違っていて、いろんな相手に対して、最善のバランスで自己表現をできるような才能が具わっているように感じました。
こういう子たちをたくさん見てくると、大学までは日本で育つであろう下の子に身につけさせたい素養がたくさん発見されます。
おまけ。
鶴岡八幡宮の舞殿で結婚式をやっていました。
雅楽の演奏に合わせての巫女さんの踊りなど、貴重なものを拝見できました。
祈っているのでその前をさえぎらないように、本宮に至る正面の大石段は中央の7割近くが歩行禁止で、観光客は左端を2列になって上っていきました。これも面白い経験でした。






