もう一つの探求(探し、求める事)について。
私たちはテーマを与えません。
「何をテーマにしてもいいよ」といいます。
これが最初のうちは困るんです。
みんな与えられたカリキュラムにそってやった経験しかないから。
でも考えてみて下さい。
塾や学校で、自分が得意分野をやっている時間って
もったいなくないですか?
逆に苦手な分野、もう少し時間をかけて理解したいところは、
時間が足りなかったりしませんか?
自分が分かっていないところ、
自分がもっと時間をかけるべきところを、
一番わかっているのは誰でしょうか?
まぎれもなく、自分なんです。
「自分は今、何を勉強するべきか。」
「どこをやるのが自分にとって一番いいのか。」
それを完全に生徒さんにお任せします。
もちろん、
「わからない時は必ず、一緒に考えます」
と最初にお約束した通り、
何をすればいいのかわからない時は、
一緒に考えます。
でもあくまでも、「助けて」と言われた時だけ。
ちなみに最近よく見かけるテーマは↓
(小学校2年生作)
そう、鬼滅の刃です。
私なんかは一回も見たことないのに、色んな生徒に教えてもらって、
大体のストーリーが頭に入っています。笑
ただ、私たちと話せる期間は1ヶ月しかない中で、
毎回鬼滅のマップを書くことは果たして「自分のためになるだろうか?」
そのことに立ち返る機会は作ります。
もし自分のためになるなら、それを続けたらいい。
その判断に対しては私たちは何も言いません。
すると、不思議なことに何も指示しなくても、
いろんな教科のマップを、
そして自分の苦手な教科のマップを書いてくれるんです。
信頼して、待つ。
それを通して、自分の中にある主体性が
引き出されるのだと考えます。
