勉強が得意な子って、どの教科も結構いい。
逆に勉強が苦手な子って、全ての教科が総じて悪い。
そんなことってありませんでしたか?
先日叔母が貸してくれた本に、そのカラクリが載っていました。
この本は、
「論理エンジン」で有名な、カリスマ国語教師の 出口 汪さん と
灘中の英語教師 木村 達哉さん の共著の本です。
始めは「何だ?この二人の取り合わせは」と思ったのですが、
読み進めていくと、確かに英語も国語も「論理性」や「読解力」という点で、
同じなんですよね。
いくら発音がきれいでネイティブのように話せたとしても、
話の中身が理解できていないと会話にならない。
でもいくら発音が思いっきり日本語なまりでも、筋道が通っていたり、
自分の考えが盛り込まれていると、いろんな人と発展的な話ができる。
「AI時代には『読む力』こそ必要とされる」
と書いてあり、確かにそうだな、と納得しました。
ここで最初の疑問につながりました。
勉強ができるできないは、
「読む力」の有る無しなんじゃないか。
算数の文章題=読解力
教科書の歴史を覚える=読解力
理科で〇〇植物などの名前を覚える=読解力
すべての教科の基礎は「読解力」。
それなのに読解力をつける練習って、学校や塾でやったことがない。
全部の教科でつまづいている子って、
実は「読解力」さえ鍛えられたら、
全部霧が晴れたように理解できていくのかもしれません。