私にとってのスピリチュアル
他県より香川のお寺に嫁ぎ幼児2人育児中です。魂の声をきき恥ずかしい自分を認めて自己解放、自己開示自然も自分も愛して、大人も子供もイキイキ楽しく笑いある社会をお寺の境内の磐座を中心としたムラづくりを目指しています。日々の気づきをシェアしていますわたしにとって『スピリチュアル』とは何か?と、自分に問いかけましたら目に見えないものに対する畏敬の念なのかなーと出てきました。私には、霊感とかそんなにめちゃくちゃある訳ではなく普段そんなの意識しないで日常生活送っている時間が長いわけなのですが目に見えない部分をみようとする気持ちむしろそちらが本質であってそれらが、現象として出てきているのがこの現実世界なのかなーという気持ちが結構大きいのです。だから、その目に見えないあまり感じられてはいないのだけれどそちらが本質なので人生なんて、限られた時間ですので『ホンモノ』の追求をやろうと思ったらそういった『スピリチュアル』という名の本質を追いかける行為をやり続けていきたいという想いがどうしても強くなるわけなのです目に見えるものが全てとなってしまったら、とてもとても人間は傲慢になっていくのかな、と。資本主義社会でも例え地球の裏側で発展途上国の子供達が過酷な労働をさせられて泣いているとしてもなんら知ったこっちゃない、とこの人生を終えても良いわけです。私が悪い訳じゃないしーー誰かがやってくれるでしょーーと、なるわけなのです。スピリチュアルではそうはいかないのです。『全てで一つ』それが、わたしにとっては当たり前ですので地球の裏側で泣いている子供それがもうひとりの『わたし』な訳です。これが、私にとっては『スピリチュアル』なのかなーと思いました。もちろん自分のすぐそばの子供達を笑顔にすることが最も大事で最も難しいことであると感じる日々です地球の裏側の子供たちの幸せを願い自分の身近なものにすべてに感謝して自分自身を整え自分のまわりから理想の社会を創っていく。それをコツコツとやり続けていくことこそ最も難しく最も大事なことなのかなー、と最近は思っています。うーーん、とまとめるとスピリチュアル=本質を追い求める行為が、わたしにとってのスピリチュアルですねあ、なるほどーと書いてて思いました人によっては定義が違うとは思いますしそれぞれ答えが違ってて良いと思います。あなたにとっての『スピリチュアル』とはなんですか?